演技の幅の広さに唸らされてしまう
キックボードで通勤し、周囲の目をまったく気にすることなく社内に乗り込んでくる慶太。出社するや、通勤中にコンビニで買ってきたらしきバウムクーヘンを「これ美味しいから」と同僚や上司に配りまくる気前のいい慶太。異動したばかりの経理部の面々と瞬く間に打ち解け、仕事はできないもののすっかり経理部に入って数年みたいな雰囲気を醸し出してしまう慶太。仕事での装いはスーツではなくジャケット、その下はカットソーが基本というラフでイージーすぎる慶太。
弁当を食べ終え、草餅(60円)で締めて質素ながらも一時のやすらぎに浸る玲子の隣にドカッと座ってピタッと並び、「最初、ガパオライス食べたいなって。それ買った直後にエビチリ弁当を見つけちゃって、屋台からシーフードカレーのいい匂いがして」「甘いの、冷たいの、温かいの、トライアングルで飲みたいじゃん」とまくしたてながらテイクアウトした弁当3種とコーヒー3種(計5800円)を並べる慶太。
浮世離れした言動の数々と浪費男子ぶりには玲子と同様に呆気に取られてしまうが、その飄々としたキャラクターにはクスリとしてしまうし、水を得た魚のようにコミカルな演技を繰り出す三浦さんの演技の幅の広さには唸らされてしまう。
8月15日に放送された『太陽の子』で演じていた役柄が、仲間たちが特攻隊員として命を散らすことに恐怖し、彼らに対してなにもしてやれなかった悔恨に苛まれる若き陸軍下士官・石村裕之だったゆえに、ことさらそれを強く感じた。
なにかしらの異変に気づいてやれる者がいなかったのか
『~マチネのまえに』で松岡は、こうも語っていた。
「強く願っているのが、これ以上皆様を悲しませたり、辛くさせるのは避けたいです。ですので、私たちはこの物語を全力で作っておりますが、もし受け取れないかもしれない、辛くて見れないかもしれないという方は、どうかご無理をなさらないでください」
本来ならば観ていて悲しくなるタイプの作品ではない。だが、この作品の制作中にあの辛い出来事が起きてしまったこと、誰にも打ち明けられない苦しみや悩みを抱えながら猿渡という陽性のキャラクターを演じていたかと思うと、いたたまれなくなってしまう。
経費をごまかしていた後輩の板垣純(北村匠海)にその理由を問い正すも、彼から「あんたには分かんねぇよ!」と逆に吠えられ、親の仕事がうまくいってないこと、奨学金の返済に苦労していることなどを告げられた慶太が「ポジティブ 大事だよ」と励まして返すシーンには、こんなふうではなくとも三浦さんのことを心配してやれる者、なにかしらの異変に気づいてやれる者がいなかったのかと思ってしまう。