甲子園が今、最もヒートアップするのは勝利の瞬間だけではない。試合終盤、誰もが登場を待ちわびているのは、藤浪晋太郎。チーム内のコロナウイルス集団感染の影響で2軍から緊急招集され中継ぎに配置転換されている26歳は先発と違い「リミッターを外して」1イニングに全力を注ぐ“未踏のマウンド”で腕を振っている。
放たれる直球は常時150キロ台後半を記録し、すでに4試合で160キロをマーク。ナゴヤドームのマウンドに上がった13日の中日戦ではついに自己最速を更新する161キロを叩き出した。そして、藤浪に加えて最終回を任される守護神のロベルト・スアレスも、開幕からセーブ失敗は3度だけという上質な成績だけでなく、スピードでファンの心を揺さぶる。11日のDeNA戦では藤浪からバトンを受けると、ネフタリ・ソトに対し160キロを3球続けた後、球団最速タイの161キロ。涼しげな表情で仕事を果たしリーグトップの20セーブ目を挙げた。
突如として結成された虎の“100マイルコンビ”。メジャーではあり得る話でも、日本球界では稀有なリレーだ。もはや、2人が1球投げるごとにファンはセンター後方の電光掲示板で球速を確認するのが当たり前になった。甲子園はもちろん、敵地でのどよめきを耳にすると「速さ」というピッチャーの本質的な部分の底知れぬ魅力を感じてしまう。少年時代、球の速い先輩や同級生が僕らのヒーローだったように、最高峰の舞台でも藤浪やスアレスはやはり特別な存在。もちろん、阪神に限ったことではなく、今や12球団を見渡しても150キロを投げる投手は、珍しいものではなくなった。
秋山の“速くない”直球に僕は引きつけられる
だからこそ……この“高速時代”に一石を投じるように存在感を放つ「ある投手」から目が離せない。タイガースの11年目右腕、秋山拓巳は開幕からローテーションを守りここまでチーム2位の7勝を記録。防御率2.96(16日現在)と抜群の安定感を誇示してチームに貢献してきた。フォーク、カットボール、カーブと多彩な変化球も操れるが、投球の中心に据えているのは直球。ただ、その球速は140キロ台前半がほとんど。痛打される場面も時にはあるものの各球団の主力打者が詰まらされ打ち崩せない場面が目立つ。先の藤浪やスアレスの160キロを目の当たりにすると見劣りしてしまいそうだが、逆に“速くない”直球に僕は引きつけられる。
詳細なデータ分析が可能になった今、ボールの回転数、ホップ成分など140キロ台の直球で打ち取れている理由はいくつか存在するだろう。今季、ともに被打率が1割台のフォークとカーブ(直球は.252)の存在も全体の投球を大きくアシストしていることは間違いない。それでも根本的な部分で言えば本人の直球への強いこだわり、そして140キロを“豪球”に見せる工夫がある。