マウンドを降りた後、こんな言葉を漏らすとは思わなかった。「死ぬほど緊張しました……」。「死ぬほど」なんて、何気ない会話でも発することはあるし、実際「死ぬほど」でなくても、勢いとその場のテンションで使ってしまっているのは、僕だけじゃないはずだ。最近も、自宅で足の小指を机に思い切りぶつけて1人、死ぬほど激痛に喘いだ。それでも「死ぬほど」にどうしても違和感をぬぐえなかったのは、発した人物が藤浪晋太郎だったからだ。

藤浪晋太郎

いつもとは明らかに“異質な”マウンドだった中継ぎ登板

 9月29日の中日戦。3点リードの8回、リリーフカーに乗って背番号19は大きなストライドで甲子園のマウンドに走って行った。突然の“中継ぎ藤浪”誕生は、チーム内でのコロナウイルス集団感染が招いたもの。糸原健斗、岩貞祐太、陽川尚将らが陽性判定を受け、9月25日に大量10人を登録抹消。今季新設された「特例2020」を利用し、2軍から呼び寄せた代替選手の中に、再調整中だった藤浪も含まれていた。

 岩貞、岩崎とリリーフの要が離脱した穴を埋めるべく、実質、プロ入り初の本格的なブルペン待機。26日は2回1失点、翌27日は1回無失点と2試合連続登板し、休日を挟んでこの日で“3連投”だった。ただ、過去2戦と状況は全く違った。3点差といえど、ホールドが記録される場面。すなわち、セットアッパーとしての起用だ。さらに、先発で粘投した高橋遥人の1カ月ぶりの白星もかかっていた。嫌でも気負ってしまいそうなシチュエーション。先頭・阿部寿樹には全球155キロオーバーで、4球目には今季自己最速の159キロを計測した。結局、フルカウントから四球を献上し心配させたものの1回を無失点。魅力と危うさの同居する“劇場”は渾身の18球で終幕。仕事を果たすと、いつにないほどの笑顔を咲かせて、ベンチへ帰った。その後、球団広報からマスコミへ配信されたコメントが、いつもとは明らかに“異質な”マウンドだったことを表していた。

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「死ぬほど緊張しました。先発の時とは違って人の勝ちがかかった場面で投げることが、こんなに緊張するとは思っていませんでした。何とか無失点で抑えることができて良かったです」

 まだ18歳だった入団当初からグラウンド内での受け答えは、良い意味で若さを感じさせない大人びたものばかり。大阪桐蔭で頂点に立ったエースは、当時から「取材慣れ」していた。それだけに、ちょっと粗っぽい「死ぬほど」という表現に26歳のリアルな緊張と興奮を感じずにはいられなかった。思えば白球を握った小学生の頃からまっさらな先発マウンドで「すべて」を受け止めてきた男。勝ち負けの責任を負い、天国と地獄の分かれ目で腕を振り、残った結果は勲章や傷となって身体に刻まれてきた。