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甲子園に熱狂と興奮を生み出す「セットアッパー・藤浪」

 プロ8年目に突然やってきたしびれる“初舞台”。後輩の高橋が本調子でない中、粘る姿もブルペンで目にしていたはずだ。誰かの「思い」や「白星」を背負うことが、こんなにも大変なことなのか。痛感したのは1勝の重みや、リリーフ業の過酷さ。託されたバトンを必死に守り抜いた先には見たことのない景色が広がった。試合後、矢野燿大監督も言った。「あの1イニング。先発ではない場所というのは晋太郎にとって学びの場所になる」。心臓をバクバクと打ち鳴らしながら手にしたものは、決して少なくなかった。

 翌日、スポニチを始め、スポーツ各紙には藤浪の笑顔が躍った。それも、あまりみたことのない「とびきり」の類だったから紙面によく映えた。死ぬほどの重圧を打ち破って湧き出たのは、シンプルな「喜び」。それは、近年不振に喘いできた右腕にとって、最も遠のいていた感情であり、欲してきたものだ。そして、何より藤浪晋太郎の笑顔は、甲子園のファンが待ち望んできた“絶景”とイコールで結ばれる。

©スポーツニッポン

 甲子園に熱狂と興奮を生み出す「セットアッパー・藤浪」。中継ぎ4試合目となった1日の中日戦では、自己最速タイとなる160キロを5度も叩き出し、そのポテンシャルの高さをあらためて見せつけた。試合後、仕事を終えて球場を一緒に出た先輩記者は、しみじみと言った。「やっぱり藤浪ってすごいな」。近年の不振を見てきた者は、いつしか我が子を見守るように祈るような思いで1球、1球に視線を送るようになった。何度裏切られたかは分からない。それでも、手を合わせて信じるのは、藤浪晋太郎という投手に1度は魅せられ、その凄みを体が覚えているからなのかもしれない。気づけば、1カ月前には球団ワーストの11失点を喫して2軍落ちした投手に、僕たちは再び夢を見ている。

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 もちろん、チームもファンも先発としてのカムバックを望む。この中継ぎ起用も、チームの緊急事態に対処する応急措置的な意味合いが強い。ただ、長くなった苦闘の道を歩む中で、立ち寄った“場所”が小さいようで大きな分岐点になるかもしれない。

「気づきという面では、後ろの人がこんな気持ちで投げているんだというか、その緊張感だったり。先発で投げてきて8イニング目に突入するのとは話が違うので。人からバトンを受け継いで、人の勝ちだったりを背負ってというのは雰囲気の違いは感じてます」。

 慣れ親しんだマウンドで感じる新風が、輝きを取り戻す追い風に変わるか。

チャリコ遠藤(スポーツニッポン)

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