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「このケガも何かしらの意味がある」阪神・糸原健斗は壁をどう乗り越えたか

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/09/15

 見慣れない“黒ストッキング”で颯爽とダイヤモンドを駆け抜けた。聖地に、ファンに、そして仲間に……“帰還”を告げる力強い放物線。阪神タイガースの糸原健斗が、驚異的なスピードでグラウンドに戻ってきた。

 甲子園で宿敵を迎え撃った9月7日の巨人戦。2点劣勢の9回。先頭打者として打席に入ると守護神のルビー・デラロサの初球、151キロの直球を鋭いスイングで捉えた。打球は失速することなく、左翼ポールの右を通過しスタンドに着弾。今季3号ソロホームランには、チームのキャプテンを担う男の強い思いが込められていた。惜しくも1点差で敗れた後、球団広報に託したコメントにすべてが凝縮されていた。

「まずは怪我した時から、リハビリ中もずっと支えていただいたトレーナーの方々や自分に携わってくれたすべての方々のおかげで、グラウンドに立つことができているので、すごく感謝しています。また、待ってくれていたファンの方々にもすごく励まされ今日の試合の応援も含め本当に感謝しています」

糸原健斗

アクシデントを「踏み台」と捉える強いメンタル

 つい1カ月半前のことだ。7月22日の広島戦に2番・二塁で先発出場していた背番号33が、試合途中から姿を消した。前日にはキャリア最長を更新する12試合連続安打を放ち、打率.310とチームをけん引していた。何らかのアクシデントがあったことは間違いなかったのだが、甲子園の記者席にいた僕は「そこまで深刻ではないだろう」と高をくくっていた。

 糸原という選手にどうしても「ケガ」という言葉が結びつかなかった。18年から2年連続で全試合出場。過去に何度も「これぐらいの痛みなら……」と、グラウンドに立ち続けてきた姿を見てきた。しかし、「また明日になれば何事も無かったかのようにスタメンに名を連ねるだろう……」という予想は、試合後の広報発表によって覆された。「右手有鉤(ゆうこう)骨の骨折」――。軽症ではなく、矢野監督も「抹消になる」と明言し、長期離脱が濃厚になった。

©スポーツニッポン

 6日後には大阪市内の病院で骨片除去の手術。自身のインスタグラムには右手を三角巾で吊った姿の写真とともに「このケガも何かしらの意味があると思うし、成長できるチャンスだと思います。また全力で頑張ります」と添えて投稿した。今思えば、この瞬間から“超速”への歩みは始まっていた。決して小さくないアクシデントに立ち止まるどころか、一回り大きくなれる「踏み台」と捉える強いメンタル。18年の開幕戦から始まった連続試合出場は312でストップしても、本人の視線はまた“次の試合”へ向けられていた。