昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

日本ハム・河野竜生投手の応援ソング“渦潮カーブ”を勝手につくってみた

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/10/24

待ち焦がれた「河野代表」のプロ入り

 まず断っておきたい。「河野代表」とは、河野界の歌手部門所属である私、河野万里奈が勝手に口にし始めた呼称である。ファイターズ・河野竜生投手をそう呼ぶ。二つの喜びと一つの祈りを込めて。

 物心がついた頃から野球を中心に生きてきた私だが、リアルタイムで同姓の選手の活躍に立ち会えていないことが心のどこかで寂しかった。そんな中、河野竜生投手が現れた。ついに来た、と思った。鳴門高校時代には3年連続甲子園出場を果たし、卒業後は社会人野球JFE西日本でNo.1左腕の称号を手に。そして2019年、複数球団から指名を受けドラフト1位としてファイターズに入団。

「河野(コウノ)」でもなく「川野」でもなく「河野(カワノ)」。ただ同姓というだけなのになぜだか他人事とは思えず、特別な想いで応援しては一喜一憂できる喜び。「KAWANO」ユニフォームが、ワッペン圧着をせずとも世に流通する喜び。そして、将来的には日本中が「河野と言えば、ファイターズの河野竜生!」と口を揃えるようなご活躍を祈って……私は呼ぶ。「河野代表」と。

河野竜生 ©時事通信社

勝手に河野代表の応援ソングを制作

 今回、歌手部門所属の河野として河野代表への想いを曲にした。歌詞と、モチーフにしたエピソードをつづっていく。

 <歌詞>

 A 126回唱えた願いは

 流星になって 北の空を舞った

 きゅっと唇を結ぶあなた

 ぎゅっと兜の緒を締めるように

 7月19日、札幌ドーム。河野代表4度目のマウンド。コロナ禍での調整不足を鑑みて開幕直後は先発の投球数を100以内に収めることの多かったファイターズだが、それを上回る8回126球の熱投でついにプロ入り初勝利。印象的だったのが、勝利が決まった瞬間の表情だ。初勝利といえば、ホッとした笑顔を浮かべてベンチを出てくるイメージだったが、河野代表は違った。鋭い眼光を保ったまま、後に「一人で投げ切りたかった」とさえ語ったのだ。喜びよりも先に、勝って兜の緒を締めるルーキーに、輝ける未来を感じた。

 エースの宿命を 抱えて舵切った

 真っ直ぐな心 コンパスにして

 河野代表は自らの生命線を直球、ストロングポイントは心の強さだと語る。それは試合を観ていてもひしひしと伝わってくる。忘れられないのは、7月12日のオリックス戦、1点ビハインドで迎えた8回裏。一死2、3塁のピンチで打席には球界屈指のスラッガー吉田正尚選手。これ以上リードを広げられるわけにはいかない。歩かせてもいい場面。それでもなお吉田選手に勝負を挑んだ。結果的に吉田選手の選球眼が光り四球とはなったが、湯気が見えそうなほどの闘志に、テレビの前の河野(万里奈)は震えた。