昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「お前のよりイケてただろ?」三輪正義が撮った、五十嵐亮太引退セレモニーの裏側

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/11/01

「お前のより面白くするからな」

 おかげさまで会員数も増加、再生数もうなぎのぼり。東京ヤクルトスワローズ公式サイトで絶賛公開中の「三輪広報が突撃~選手に聞いてミルミル」という動画コンテンツの特別版で、10月15日、引退会見を終えたばかりの五十嵐亮太さんに突撃しました。

 会見ではスーツ姿で、緊張気味だった五十嵐さんに、後日となる引退試合の意気込みを聞くと、冒頭の言葉が返ってきました。

引退試合で「自分たちしか撮れない映像」

 10月25日、中日ドラゴンズ戦での五十嵐さんの引退試合当日。僕は戸田球場で夕方まで行われた、スワローズジュニアチームの練習でしっかりとコーチの役割を務めたあと、疾風のごとくスーツに着替え、カメラを抱えると、神宮球場に向かいました。

 クラブハウスを埋め尽くす花を見ると、五十嵐さんの偉大さがわかりました。カメラを携えて今日の主役を待つ。すると、登板のためにグラウンドに向かう五十嵐さんがクラブハウスから現れました。カメラを構えると、引退会見のときの爽やかな表情とは違い、ピリピリとした雰囲気をまとっています。無理もありません。引退試合といっても真剣勝負の公式戦の場。気の小さい僕は「が、がんばってください」としか声を掛けられませんでした。

 これはマズイと思い直した僕は、クラブハウスからグラウンドを繋ぐ地下通路、通称「荒木トンネル」をくぐって出てくる五十嵐さんに先回り。地上を一目散に走り、選手が出入りする神宮球場ライト側の“業務通路”(球団内ではなぜかそう呼んでいるそうです)内で待ちます。

 実は球団からこの日、五十嵐さんにサプライズが用意されていました。それをクラブハウス前で伝えて、五十嵐さんのリアクションを撮ろうかと思っていたのですが、雰囲気に気圧され、言いそびれてしまったのです。

 トンネルから通路を歩いてくる五十嵐さんに再度アタックします。「これ、球団からで……」五十嵐さんの入団から最近までの写真を時系列にしたパネルが通路の壁に飾られています。「あぁ、懐かしいなぁ」。五十嵐さんの表情が一瞬緩みました。「こんな写真もありますよ」と動画の撮れ高を意識して、畳み掛けるように話を振りましたが、再び表情が締まり言葉少な。「がんばってください」と送り出すと「最後、思い切り投げてきます」と気合い溢れる声を発して、五十嵐さんは試合が行われているグラウンドに出ていきました。

 通称“業務通路”での撮影は現在、テレビ局にも許可されていない場所です。ここは選手と関係者のみの通路で、いわば“秘密の場所”。ここでの映像は皆さんもあまり見たことがないと思います。先日、営業企画部の先輩が「自分たちしか撮れない映像を撮って記録していこう」とおっしゃったとき「これは僕の仕事だ」と思いました。

©ヤクルト球団

 これまで、球団には引退セレモニーなど、選手の節目節目の映像が残っておらず、中継局のフジテレビさんから映像を借りることが多かったそうです。これからは引退試合やセレモニーなどの節目節目の映像は、自前で撮って残して、ファンにも見てもらおうと。実は、僕は球団の思いをも背負っていたのです。

 やはりテレビのカメラの前だと選手は改まってしまう。誰とはここで言いませんが「うぇ~い!」と僕のハンディカメラをいじってくる後輩もいます。でも、そんな表情でも記録し、後世に残すと思うと身が引き締まります。

 思い起こせば1年前、僕もこの神宮球場で「引退試合」をさせていただきました。この日、球団職員の先輩にもからかわれました。「引退セレモニーと言えば……、という男だよね」と。あの荒木貴裕には「伝説の男じゃん」とイジられたり。現役時代よりも「引退セレモニー」の印象が強いのでしょうか。でも引退セレモニーがあるたびに僕のことを思い出してくれるなら、記録より記憶に残る男を目指した僕としては、こんなに嬉しいことはありません。

著者近影