2019年にこの文春野球コラム ペナントレースのコミッショナー、村瀬氏が『ドラフト最下位』なる書籍を上梓した。混乱の中始まった今シーズンにおいて、その書籍タイトルを象徴するような選手が横浜でひときわ存在感を放っている。
シーズン中ほとんど聞かなかった「ツツゴーの穴」問題
今までどこにも書いていないけれど、私はかつて(一瞬ではあるものの)お茶の水と神保町の間にある、山の上ホテルのすぐ近くの「とある大学」で働いていたことがある。いわゆる六大学野球の加盟校なので、神宮球場には何度か応援で駆り出された。自分の母校の校歌なんてまったく歌えないけれど、その学校の校歌はそらで歌える。ついでに応援歌のテーマもいくつか歌える。そのせいか、やっぱり同校の卒業生がドラフトにかかるか否かをとても気にするようになってしまっていて、森下投手が広島に一本釣りされたときは悶絶したし、横浜高校の渡辺元監督のお孫さんが楽天に行ったときは、安堵のあまり思わず「よかったあ」と声が出た。もはや親御さん的メンタルである。
2016年、横浜DeNAベイスターズのアレックス・ラミレス監督が就任した1年目、初のCS出場を果たした年のドラフト会議。その年の六大学野球で春季秋季と連続優勝を果たしたチームのキャプテンであり、ドラフトの注目選手だった柳投手を横浜は1位で指名した(くじ引きで中日に負けたけれども、その年に1位で入った濵口投手の活躍は皆さんご存知だろう)。ヤクルトには2位で星投手が指名された。そうしてその年私がなにより注目していたJX-ENEOSに入った糸原選手は、5位で阪神に指名された。
でも、それでおしまい、ではなかった。
3軍があるわけでもない横浜が9位まで指名をすることはあまりない。私はそのときも「よかったあ」と思ったのを覚えている。選手の親御さん的な立場での思いからくるものではない。いずれチームの戦力になるだろう選手を獲ってくれたという安堵感によるものだ。投手を重視する横浜のドラフトではあるが、長打を打つ力がある選手は貴重だった。今はあまりにも打線が盤石だからスタメン即戦力とはいかないかもしれないけれど、代打でも控えでもきっと活躍してくれるはずだ、という自信があった。
筒香選手が近々メジャーに挑戦することは想像できていた。そうしてそのときまでには、誰か長打力のある選手が育っているだろうとも思っていた。CSや日本シリーズでも活躍した細川選手は期待の星だし、何より村田修一さんや筒香選手を育てた田代コーチがいれば、何の問題もないはずだ。
その期待通り、今年のシーズン前にあれだけ騒がれた「ツツゴーの穴」とやらについて、シーズン中、少なくとも自分のまわりではほとんど聞かなかった。そんなことよりも左右のエース軒並みやばい&ローテが崩壊しかねない問題だとか、助っ人ハッスルし過ぎて怪我が心配問題といった、いま目の前にある問題に一喜一憂していて、それはつまり今までのペナントと変わらない。
強いて言うなら「穴」の存在は、「ファンファーレの不在」だ。これは、今年の「応援の喪失」とも関係がある。去年までは、4番打者の手前でスタンドのファンは腕をのばし、そわそわしながらファンファーレを待つ。球場で野球を見るときの重要な経験だった。来シーズン以降、もしまた応援ができるような環境になるのだとしたらまたファンファーレが生まれるかもしれないし、あるいは応援自体がなにか別の形になっていくのかもしれない。