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「何が起きたのか、誰も教えてくれません」

 私は、マドリードやバルセロナの介護施設で、家族を失った遺族や、当時、勤務していた介護士らから、数々の証言を得た。病院ではない介護施設で、職員にできることは限られていた。

 マドリード市内にある介護施設「モンテ・エルモソ」では、3月17日、施設内で19人が死亡、70人が感染したと報じられた。130人の高齢者が暮らすこの施設は、スペイン国内でいち早く注目を浴びた。

 3月18日、父親のフアン・クミアさん(享年87)を同施設で亡くしたマドリード在住のジョランダ・クミアさんは、5カ月が過ぎてもなお、当時の施設の対応を理解できずに茫然自失する。

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「前日の午後8時、父がトイレに行った際に転んだという連絡が施設から入りました。その6時間後、『体調が急変し、呼吸困難に陥った』との電話があった。その直後に亡くなりました。ずっと健康だった父がなぜ突然、体調を崩して死んだのか理解できない。6時間で何が起きたのか、誰も教えてくれません」

棺の中身は本当に母なのか?

 同市内の介護施設に勤めるベテラン介護士、エステル・ビエルサさんは、2週間で12人の入所者を看取った。

「とても怖かった。私もこのまま死んでしまうのかと思った。コロナにかかったわけではないけれど、夫と7歳の息子がいるので、仕事を放棄しようか悩んでいました……」

エステル・ビエルサさん

 第二の都市バルセロナでも同じだった。ある介護施設では、1カ月半の間に57人の入所者が死亡した。母親を失ったダニエル・マルティネスさんは「施設に何度も病院搬送を頼んだが、無理だと言われた」と失望。母親の墓で、花を供える彼は「この棺の中にいる人が、本当に母なのか、実は分からない。そう信じるしかないのが辛いですね……」と呟いた。

 この介護施設内で発生したようなコロナ大量死は、なにもスペインだけで起きていたわけではない。フランスでも、イギリスでも同じだった。私は、南仏マルセイユにも足を運び、介護施設で両親2人を同時に失った女性からも話を伺った。彼女もスペインと同じ政策の問題について語っていた。

 一体なぜ、このような事態が発生してしまったのか。欧州で起きたコロナ大量死には、一定の法則があったのだと、数カ月にわたる取材から見えてきた。そこには、各国・各州の政府や保健省が「意図的に行った政策」があり、取り返しのつかない悲劇へと発展していくのだった……。

出典:「文藝春秋」10月号

 スペインやフランスにおけるコロナ大量死の現場を取材した宮下洋一氏のルポ「介護施設を襲った『欧州コロナ大量死』」は、「文藝春秋」10月号及び「文藝春秋 電子版」に掲載されている。

文藝春秋

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介護施設を襲った「欧州コロナ大量死」