さて、最近で印象深かった記事をあげておきたい。
杉田和博官房副長官が任命拒否の判断に関与していたと先週報じられたが、実は読売ではとっくに報じられていた。
《任命拒否を巡っては、政府内で「政治的に大きなエネルギーを費やすことになる」との慎重論もあったが、首相と事務方トップの杉田和博官房副長官のラインで極秘に決定されたとされる。》
これが10月8日の記事なのである。今回の問題が報じられてから1週間ほどで大事なことがさらっと書かれていた。
かつて安倍晋三前首相は国会で憲法改正への見解をただされ、「自民党総裁としての考え方は詳しく読売新聞に書いているので、熟読していただければいい」と答えたが、政権内で気になる動きがあればやはり読売を熟読すべきなのだ。あの言葉こそ安倍前首相のレガシーなのかもしれない。
「任命しない理由は判断をした側にしか分からない」
次に、菅首相が任命しない理由を明らかにしないままの一方で学術会議にも問題があるという論調について京都女子大の南野佳代教授(ジェンダー法学)のコメント。
「任命しない理由は判断をした側にしか分からない。任命されなかった側に原因を求めるのは、いじめや性暴力の被害者に原因を求める2次加害の構造にも似て居心地の悪さを感じる」(東京新聞10月11日)
まさしくこれだ。
最後に紹介したいのは任命拒否された一人である加藤陽子氏の連載コラム。
「学術会議『6人除外』 『人文・社会』統制へ触手」(「加藤陽子の近代史の扉」 毎日新聞10月17日)
《今回の人文・社会系研究者6人の任命除外をめぐっては、「世の役に立たない学問分野から先に、見事に切られた」との冷笑もSNS(ネット交流サービス)上に散見された。だが、実際に起きていたのは全く逆の事態なのだ。人文・社会科学が科学技術振興の対象に入ったことを受け、政府側がこの領域に改めて強い関心を抱く動機づけを得たことが、事の核心にあろう。》
《顧みれば、科学技術という言葉が初めて公的な場に登場するのは1940年8月、総力戦時の学会大再編の時だった。この流れの結末を、私たちはよく知っている。》
《国民からの負託のない官僚による統制と支配は、国民の幸福を増進しない。2度目の敗戦はご免こうむる。》
菅さん、加藤陽子氏の『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』とか慌てて読んでみてください。任命したくなるはずです。