朝鮮半島危機に今まで以上に不安を感じるのは「北」の独裁者なみに何をしでかすかわからない大統領に米国が率いられているからだ。とはいえ私たちはトランプ以前の米国であれば理解できていたのか。今回はより深層から米国を考える助けとなりそうな三冊を選んでみた。
フリーメイソンなる陰謀集団がアメリカを、そして世界を支配している、そんな俗説がある。橋爪大三郎『フリーメイソン』(小学館新書)は、この種の誤解をひとつずつ丁寧に解いてゆく。中世イングランドの石工組合が起源のフリーメイソンは確かに新大陸で大きく発展したが、それは出自や宗派の異なる移民同士が団結する仕組みを必要とした米国社会に適合したからだ。初代大統領ワシントンに始まりセオドアとフランクリンの両ルーズベルトやマッカーサーも会員だったし、今も百七十万人の会員がおり、堂々と活動している。
注目すべきはその思想だろう。フリーメイソンは人間理性を信頼する理神論が特徴。それは米国のリベラルの立場と通じ、米社会で一大勢力を形成する。
山口真由『リベラルという病』(新潮新書)によればリベラルが生命工学などの進歩を歓迎するのも理性を信頼するからだという。そして日本でリベラルといえばハト派だが、米国のリベラルは己の信じる正義のために武力行使も辞さない。攻撃は国外に向くだけでない。平等を重んじるリベラルは少数者の権利保護にも熱心だが、たとえば守るべき性的少数者の頭文字を連ねてLGBTとしていたのは過去の話。今やLGBTQQIAAPPO2S…と保護対象はインフレ状態だという。まるで落語の寿限無だが、多様な少数者に無神経な発言を少しでもすればこっぴどく糾弾されるのだから笑えない。他者との共生を謳いつつ不寛容を極めてゆく、まさに「リベラルという病」と呼びたくなる姿勢に呆れた人たちが“逆張り”で差別的言辞を弄するトランプを大統領に選んだ面もあったはずだ。
かくして国内でも差別主義者対リベラルの緊張の高まる米国はどこに向かうのか。北野圭介『新版ハリウッド100年史講義』(平凡社新書)は白人中心主義だったハリウッド映画が、世界中のどこでも、どの年齢層にも観せられるグローバルフィルムを作るに至った軌跡を辿る。いかなる価値観とも抵触しない映画は経営上の必要で作られたのか、それとも米国が未だに手放していない「寛容への夢」の結実なのか。そんな観点でハリウッド映画を鑑賞吟味すれば、それも米国の今と今後を考える機会となろう。