戦後最悪の国際的汚職事件「ロッキード事件」。その真相が、今回ようやく明らかとなった。しかし、現在に至るもなお数多くの陰謀説が囁かれ続けている。田中角栄は事件にどのように関わったのか、ニクソンとの関係は良好だったのか、なぜ事件は起きてしまったのか……
国際ジャーナリストである春名幹男氏が、15年に及ぶ取材で掴んだ数多くの新事実を書籍『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(KADOKAWA)より引用し、紹介する。
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「日本は良き同盟国ではない」
1973年1月31日、ニクソンは首相を退任した佐藤のために、秘書の楠田實(くすだみのる)や外務省高官らもホワイトハウスに招き、夕食会を開いた*1。
*1 NL President Richard Nixon’s Diary, January 31, 1973
佐藤をもてなす合間の同日夕、ニクソンは午後5時前から1時間余り、前財務長官のジョン・コナリーらと懇談した。コナリーはジョン・F・ケネディ大統領暗殺時にテキサス州知事で、ケネディの前の助手席に座っていて、重傷を負った人物として知られている。ニクソンは、野党民主党員の彼を財務長官に抜擢(ばってき)。前年の大統領選挙で、コナリーはニクソンを支持する民主党員票の掘り起こしに協力した。
そのコナリーとの懇談の席で、ニクソンは田中のことを、次のように非難した*2。
*2 FRUS, 1969-76, Volume E-12, Documents on East and Southeast Asia, 1973-1976, Document 167. Conversation Between President Nixon and John B. Connally, Washington, January 31, 1973
コナリー「いま佐藤が来ていますか」
ニクソン「彼は日本で今も尊敬され、われわれの友人だ。彼が首相の時、現在の田中首相の時よりずっとうまくやれていた。田中は非常に生意気で強硬だ。佐藤は岸と同じように米国を助けてくれた」
それから約半月後の1973年2月16日、ニクソン大統領は閣僚らと国際貿易・通貨問題を議論した。その際、ニクソンは日本経済に対する強い不信感をぶちまけている。
「日本の大商社がすべて政府と共同所有されていることはみんな知っている」
「基本的な問題は、貿易分野で日本が良きパートナーではないことだ」
「田中に関して言えば、日本は良き同盟国ではない*3」
*3 *2同、Document 168
ニクソンの感情的な発言
以上、1973年1月と2月のニクソンの生の発言を紹介した。いずれも、国務省歴史室が地域・年代別に発行する「米国の外交関係(FRUS)」シリーズの「1973~1976年東・東南アジア編」「日本」の項に、掲載されていた。
原典は、両方とも録音テープだった。ニクソン大統領はホワイトハウスでの会話を録音していたので、今も録音テープが残されている。
上記二件の発言は、国務省歴史室の「ヒストリアン(歴史記録者)」が重要性に注目してFRUSに収録したものだ。日本関係のFRUSで生の声を記録したものは珍しい。これらの大統領の発言が、米国の対日外交の重要な部分を成すとみて、取り上げたのである。
しかし、その内容はひどい。日本には国が保有する大手商社などない。比喩(ひゆ)的な言い方かもしれないが、感情的な発言には驚く。