手術で健康な乳房を取るという衝撃 

『がんになる前に乳房を切除する 遺伝性乳がん治療の最前線』(小倉孝保 著)

 米国の女優、アンジェリーナ・ジョリーさんが両乳房を予防的に切除した体験を告白してから間もなく4年半になる。日本ではまだ、「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)」への理解が低い。そんな現状に危機感を持った女性当事者(患者)が、HBOC患者の精神的負担を減らすための活動に奮闘中だ。

 東京都に住む太宰牧子さん(49)は2008年、姉を卵巣がんで亡くし、その3年後に自分が乳がんになった。HBOCと判断された。

 乳がんや卵巣がんの一部には遺伝子の変異が影響したものがある。その遺伝子は、「BRCA1」「BRCA2」と呼ばれ、本来、傷ついた遺伝子を修復するがん抑制遺伝子である。ただ、それらに生まれつき変異があると、修復機能が働かず、乳房や卵巣の細胞ががん化するリスクを高めてしまう。そうした遺伝性疾患がHBOCだ。日本人女性の場合、乳がんになるリスクは12人に1人だが、HBOCのリスクはその6~12倍、卵巣がんは82人に1人だが、HBOCのリスクはその8~60倍になる。

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 太宰さんはBRCA1に変異があり、2011年に乳房を切除して抗がん剤治療を受けた。3年が経過した14年5月、再発、転移がなかったことから、国内初の「HBOC当事者の会」を立ち上げ、「クラヴィスアルクス(ラテン語で「虹色の世界を開ける鍵」の意)」と名付けた。

 彼女の活動は自身の名前と顔を公表することから始まった。

 アンジーの告白から約1年後の2014年6月、近畿大学で開かれた市民公開シンポジウム「HBOCと遺伝カウンセリング」は立ち見が出るほどの盛況だった。壇上に用意されたパイプ椅子には、日本の遺伝医療をリードする医師たちがずらっと並び、太宰さんもその列にいた。ただ、彼女だけはネームプレートに名前がなく、司会者からは「患者様」と紹介された。しかし、太宰さん自身は名前の公表を決意していた。マイクを手にすると、こう言った。

「HBOC当事者の太宰牧子です」

 日本のHBOC当事者が名前と顔を初公開した瞬間だった。

同じ悩みを持つ女性たちを支援する「クラヴィスアルクス」代表の太宰牧子さん。