遺伝に対する意識を他国と比べると
「病気が治ったら卵巣がん患者のための活動をしたい」
この言葉を思い出すとき太宰さんは、HBOCであることを悔やんだり、恨んだりせず、その当事者にしかできない活動に取り組もうと思うのだ。
彼女は今、新しいプロジェクトにも取り組み始めている。遺伝性疾患の患者団体による横の連携だ。すでに連絡組織「ゲノム医療当事者団体連合会」を組織し、一般社団法人の認可を申請している。
「リンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸がん)やFAP(家族性大腸ポリポーシス)など遺伝病は、偏見に苦しむことなど悩みが似ています。将来は、遺伝差別を禁止する法整備も連合会として働きかけたいんです」
私はHBOC先進国である英国の現状を取材し、太宰さんら数多くの日本人女性や医療者の活動と比較する形で『がんになる前に乳房を切除する 遺伝性乳がん治療の最前線』を書いた。日本ではHBOCであっても、がん発症前には保険適用されていないが、英国では20年以上前から、HBOCが疑われた場合、税金で遺伝カウンセリング、遺伝子検査、予防切除、乳房再建を受けられる。そのため英国の女性たちは日本の女性と比べHBOCを恐れずに暮らしている。
社会的偏見が小さいためか、英国ではHBOCの女性たちが名前や顔を公表することに抵抗を示さない。再建した乳房をインターネットで公開したり、予防切除した女性たちがモデルになってセミヌード・カレンダーを作ったりしている。この相違は遺伝に対する両国の文化的差異を考える上でも興味深い。
私は英国でウェンディ・ワトソンに長時間インタビューした。彼女は世界に先駆け予防切除手術を受けた女性だ。英国の医療者たちはこう口をそろえた。
「英国のHBOCへの取り組みは、行政や医療者ではなく、ウェンディら当事者の女性たちが切り開きました」
太宰さんは海外のHBOC患者団体との交流も始めている。日本の状況も太宰さんら女性たちによって変わりそうだ。(小倉孝保)