受験勉強の“意外な効用”
和田 いや、それは違うんです。医者の世界で受験勉強の効用が一つあるとしたら、そのおかげで日本は医療ミスが少なくなっている。実際には、表沙汰になっている以上の医療ミスはあるはずですが、表向きは海外に比べてきわめて少ない。それは日本人のまじめな性格のおかげだとよく言われるんですが、それだけでなく、受験勉強でミスをよくする人は偏差値が上がらないので、医学部には入れないこともあると思うんです。
近年、文科省はAO制度の導入など内申点を重視しろという方針を打ち出していますが、それだとブルペンではいい球を投げるけど、本番では打たれるような学生が来てしまう。内申点が高い人は実力があるというんだけど、私はまったく反対で、そんなことをしたら、本番で細心の注意を払わない人ばかりが入ってきてしまう。
鳥集 受験勉強で高得点を獲れる人が医師になるというのは、ある意味、合理的であるというわけですね。
和田 そう思います。ただし、受験勉強でミスが少ない生徒がノーベル賞級の研究ができるかというと、それはまた別の話です。私は教える人さえ優秀なら、東大医学部の学生は伸びると思うんです。ところが今、なぜ『東大医学部』という本を出したくなったかと言うと、教授たちの考え方があまりにも古いから。
たとえば、これだけ高齢者が増えているのに、東大医学部は、いまだに「臓器別診療」の発想から抜け切れてない。自分の権威だけ、自分の城だけ守っていればいいという人が東大医学部の教授になって、「これからもっと高齢者が増えるんだから、よその科の勉強もしないとね」とか、「高齢者は心が体に与える影響も大きいから、精神科と連携しないとね」という教授がほとんどいないんです。
テストで高得点が取れる能力の正体
鳥集 さっき、医療ミスをなるべく犯さない医師を育てるためには、やはりある程度受験で高得点を獲れる人のほうがいいというお話でしたが、同じ東大の理系でも3年生から医学部医学科に進学できる理Ⅲに合格するには、理Ⅰ(主に理学部や工学部など理工系に進学)、理Ⅱ(主に農学部や薬学部など生物系に進学)に比べて、入試で60~80点も高い得点を獲らないと入れません。やはりそれくらい高い点数が必要なのか、それとも医師になるのには不必要か、どう思いますか?
和田 高い点数が獲れるに越したことはないんだけど、鉄緑会のような塾がなかった私らの時代だと、よほどの天才でない限り、独力でなんらかの勉強法を工夫している生徒しか理Ⅲには入れなかったんです。ところが今は、その60点、80点が中1の頃から塾で詰め込んできた勉強の差になっている。それが危険だと思っているんです。
昔なら、たくさん点を獲れるということは、それだけ自分で勉強の工夫をしてるということ。「学校の先生の言う通りやってたら、こんな高い点は獲れないから自分で工夫する」という経験がとても大切なんです。企業が東大出の人たちに求めるのは、よく地頭のよさだと言われるんだけど、ちょっと違っていて、勉強のやり方を知ってるということだと私は思います。
鳥集 教科書を一通り読むと全部内容が頭に入って、テストで満点をとってしまう、いわゆる「サヴァン」と呼ばれるような、生まれつき頭脳が飛び抜けて優れている人がいますよね。そのような人が社会に貢献できる場所はもちろんあると思うんですが、東大医学部に行くべきかどうかというのは、また別の話ですよね(※サヴァン=コミュニケーションが苦手など発達に障害がある一方で、特定の分野で突出した才能を発揮できる人のこと)。
和田 おっしゃる通りで、東大医学部を出てから起業して成功した人や、医師や研究者として優れた業績を残した人たちを見ていると、サヴァン的な能力が高いというよりも、困難な課題や環境を与えられたときに問題を読み解き、課題を解決していく能力が高いんです。