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血だらけのまま救急車の手配を依頼
30分ほど歩いて自宅にたどり着き、隣の松島さん宅に駆け込んだ。血だらけの山野井君の姿を見て驚いている松島夫妻に、手短に事情を話して救急車の手配を依頼した。そのあと自分は自宅に戻り、健康保険証や現金、両親や妙子さんの連絡先などをまとめて袋に入れた。多量の出血で意識がなくなることを心配したのだった。どんな状況下にあっても、的確な判断で冷静な行動をとることができるということも優秀なクライマーの証しであろう。
襲われたにもかかわらずクマの心配を……
このセンセーショナルな事故はマスコミにも大きく取り上げられたから、広く世間に知られることとなった。事故後数日間、猟友会が東京都の許可を得て、クマ駆除のため小河内ダム上の遊歩道や倉戸山に入ったというが、クマを発見したという話は聞かなかった。昆虫や魚なども含め鳥、犬、猫など、動物の大好きな山野井君は病院のベッドの上で、「あのツキノワグマの親子は、無事逃げおおせただろうか」とか「この事故で駆除されるクマが増えるのではないだろうか」などと心配していたとの話を聞いた。また、「子連れのクマの方に走っていって、攻撃されると思わせたぼくのほうが悪いんだ」とも言っていたという。相手はクマだ、どちらがいいとか悪いとかの話ではないだろうが、山野井君らしい逸話である。
山野井君の鼻は無事について、顔の中央にほどよく収まった。傷もあまり目立つことはない。いまはまたもとのように、妙子さんと2人で山一辺倒の日々を送っている。