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 翌17日、私は午前8時過ぎに奥多摩交番に出勤した。交番勤務員が、無線で通信指令本部と何事か通話していた。「ヤマノイ…クマ…」と聞こえた。「なに、どうした。山野井君がどうかしたのか」と聞くと、勤務員は「山野井さんがクマに襲われました」「どこでだ」「倉戸山だそうです。いま交番勤務員と山内(小隊長)さんが臨場しています」と言う。

奥多摩の、こんなのどかな山里でクマに襲われた  提供:山本修二

もげそうな鼻

 私は素早く山岳救助服に着替え、「現場へ行ってくる」と言い置き、山岳救助車に乗り込んで青梅街道を飛ばした。妙子さんはいないし、ご両親への連絡もある。何より、軽傷であってほしいと祈るのみであった。途中、救急車とすれ違った。これに乗っているのだろうかと思ったが、取りあえず自宅の方に行かなければ状況が把握できない。そのまま急いだ。15分ほどで山野井宅に到着した。

 先着した警察官が隣家の松島さん夫妻から状況を聞き取りながら、通信指令本部に報告を続けていた。自宅の庭や玄関付近にも点々と血痕が付着しており、出血の多さが見てとれる。山野井君は先ほどすれ違った救急車で消防庁のヘリポートに向かい、ヘリで青梅市立総合病院に運ぶ手はずだという。私は道路下の室川さん宅に顔を出し、室川夫妻から詳しい状況を聞いた。室川さんの話では山野井君の鼻はもげそうになっており、血だらけの傷の脇から白い鼻骨が見えていた。鼻は皮1枚でかろうじて顔についている状況だったようだ。山野井君は到着した救急車に乗ってからも、室川さんに渡した連絡先への電話を何度も頼んでいったというので、ご両親や北海道の妙子さんなどへの連絡は済んでいるという。

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顔面と右腕合計90針のキズ

 私はいったん交番に戻り、午前11時30分ころ青梅市立総合病院に行った。ヘリで運ばれた山野井君はまだ治療中で、治療が終わったらICU(集中治療室)に入るという。ICUの待合室には室川さんのほか、山野井君のお姉さん、友人などが待機していた。そして世界的クライマーの事故を知ったマスコミ関係者が大勢病院に駆けつけており、午後0時過ぎに早くもNHKニュースで山野井君がクマに襲われたことが流れた。午後0時30分ころに千葉から山野井君のご両親が到着し、別室に呼ばれて医師から説明を受けているようだった。4時間にも及んだ処置が終わり、午後1時30分、医師の記者会見が行なわれた。顔面と右腕の傷を合わせて90針の縫合をしたという。感染症を心配して2日間はICUに入り、感染症がなければ一般病棟に移って、1週間ほどで退院できるのではないかとのことだ。午後1時40分、妙子さんが北海道から駆けつけた。ホールにいた私を見つけ走ってきて、「どうです、鼻は大丈夫ですか」と聞くので「医者はなんとかつくのではないかと言っていたよ」と答えると、妙子さんもホッとした様子だった。