〈「芸人とはこうあるべき」に縛られ、柔軟に言葉を紡げなかった20代。そんな私に、舞台の上以外の自分も認めてもいいと思わせてくれたのがこのエッセイでした。人前に立つ時よりも、正直であろうとしていたかも知れません。好きなことを書きました。お前ほんまこんなん好きやな、と思いながら、友人のような気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。〉

 2010年に結成したお笑いコンビ「Aマッソ」でネタ作りを担当する加納愛子さん。11月18日、芸歴10年で出版する初めての著作『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房)から、エッセイ「こいつの足くさいから洗ってんねんー!」を特別に公開します。

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 兄ちゃんがいる。二つ上の、調子がいいことだけが取り柄のヘラヘラした人間である。親父は事あるごとに「あいつには芯があらへん」と、なぜか嬉しそうに言っていた。嬉しそうなのがいつも腑に落ちなかった。

 小・中学はサッカーでキック&シュート、高校はバンドでロック&ロール。大学へ入ると同時にバーでバイトを始め、シェイカーを振る音が青年期の訪れを告げるファンファーレとなった。「なんか楽しそうモテそうカッコ良さそう教」信者の兄ちゃんは、お酒をエンジンにして遊びも女も好奇心の赴くままに満喫し、その後当然のようにバイト先に就職した。今は結婚して3児の父となり、私の元にはバカ甥が屈託のない笑顔でウンコの唄を歌っている動画が送られてくる。

 確かに、シャーペンほどの芯すらない。どうやって立っているのかも不思議だ。こうなってくると、あれほど芯がない男を支えてそれらしく見せている背骨にも罪があるような気がしてくる。

©大村祐里子

 彼の人生においてなんの区切りでもないように見えた結婚式も軽やかに行われた。披露宴で司会の女性が「新郎はお酒の世界に魅了され、その道を極めることを決意し……」と紹介した時には、家族全員が吹き出した。母だか叔母だかが「ええように言うな!」とこぼしたので、また吹いた。おねえさんはお金をもらって、誰も求めていない「ないはずの芯」を律儀に拵えていた。悲しい大工さんだ。男女が愛を誓う場でトンカチは不釣り合いだと、教えてあげれば良かったが、それもあとの祭り。

 そんなハッピーマンを尊敬することはもちろん一度もなかったが、いつも愉快にふわふわ生きているその姿を、眺めていて飽きることはなかった。そしてこの世の全ての弟と妹がそうであるように、年長者の吐く言葉に触れ、解釈することで、少しずつ自分の世界を増やしていった。