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2020/11/16

アメリカに、そして世界に憧れ続けてきた

 2011年10月にNEWSを脱退すると、山下の「グループより個人・国内より海外」という志向がより明確になっていく。2012年には単身でアメリカ大陸を車で横断するドキュメンタリー『山下智久・ルート66~たった一人のアメリカ』(日本テレビ系)に出演。『大人のKISS英語』(フジテレビ系、2014年放送開始。後に『山Pのkiss英語』に改題)では、以前から自主的に始めていた英語の勉強の成果を披露して話題になった。

©getty

 小学6年生のときに初めてロサンゼルスを訪れて以来、山下はロサンゼルスに、アメリカに、そして世界に憧れ続けてきた。その夢は、中国のミニブログサイト「ウェイボー(微博)」での公式アカウント開設(2018年)、中国映画『サイバー・ミッション』(2019年1月日本公開)、さらにHulu配信の日欧共同制作ドラマ『THE HEAD』(2020年6月世界公開)への出演など、着々と実現しつつあった。

 ではなぜ、山下はジャニーズ事務所を退所しなければいけなかったのだろうか。近年、ジャニーズ事務所はYouTubeチャンネルやエンタメサイト「ISLAND TV」を開設するなどネット進出を本格化させ、海外への発信に積極的に取り組み始めている。つまり、山下の希望とジャニーズ事務所の方針は矛盾しないように見える。

 もちろんタイミングとしては活動自粛という事情も影響しただろうが、根底には山下とジャニーズ事務所の間での、「エンタメ」についての思想の違いがあったのではないだろうか。

「伝統」か、「外の世界」への憧れか

 ジャニーズ事務所にとって海外進出とは、あくまで「日本的エンタメとしてのジャニーズ」を世界に広げるものだ。その路線は、事務所創設者・ジャニー喜多川の長年の念願でもある。アメリカを参考にしつつも、ジャニー喜多川は「日本人にしかできないオリジナルミュージカル」の完成を目指していた。

 対して山下は、「外の世界」への憧れが先にある。彼が英語で人と話すのは、「自分は何が好きで、何に幸せを感じるのか、何をすてきだと思い、何に価値を感じるのか、それをもう少し突き詰めたい」からだ(『AERA dot.』2018年5月27日より)。日本で完成したジャニーズ文化を世界に広げるのではなく、全く文化が異なる場所に身を投じてみたい、という思いが山下にはある。

山下の新曲「Nights Cold」

 つまり、ジャニーズが「伝統」を重視するのに対し、山下は「新しいこと」を重視する。「自分がやりたいと思う気持ちで選びたい。何が自分にとって新しいことなのかを追い求めていきたい」(『ザテレビジョン』2018年7月30日付記事)という発言にも、日本的なアイドル文化からの脱却を望む気持ちが見て取れる。