「働き方改革」後の懐事情
もっとも、ヤマトの「働き方改革」は、松本さんをはじめとするセールスドライバーたちにとって、手放しで喜べることでもなかったようだ。松本さん自身、一連の「働き方改革」によって、残業を含めた勤務時間が減り、その結果年収が15%程度ダウンしてしまったという。
途中休憩をとらず、朝から晩まで荷物を抱えて走り回り、休日返上で出勤する。肉体的にも精神的にもハードな毎日だったが、体調を崩して倒れるまでには至らなかった。激務に身体が慣れていた。確かに仕事はたいへんだったが、それに見合うだけの報酬を得ていた実感があり、不満はなかった。
子供の教育費など、これから出費が増えていくことを考えると、年収ダウンは家計にとって大きな痛手だ。サービス残業は言語道断だが、「きちんと加算される残業であれば、むしろあったほうが収入面では助かっていたのは事実」と松本さんは本音を漏らす。
副業を始めるドライバーたち
松本さんの同僚たちの中には、「働き方改革」以降、減収分を補うため、副業を始めるドライバーも少なくない。しかもその副業は、同じ配達の仕事だという。“本業”の勤務日の定時終業後や休日の日中に、いつもと違うユニフォームに身を包んで、街中を走り回っている。
実は、宅配便会社をはじめとするトラック運送会社では、ドライバーによる副業を認めていないケースが多い。とりわけドライバーが副業としてドライバー職に就くことを禁じている。
その理由はほかでもない。疲労による体調不良が原因となって交通事故や災害を発生させることがないよう、トラックドライバーには乗務終了後、継続8時間以上の休息期間を確保することが法的(厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準=改善基準告示」)に求められている。本業での仕事を終えた後や休日に、副業としてハンドルを握ることは、このルールに抵触する恐れがあるからだ。
それでも副業ドライバーは後を絶たない。「営業所の上司も他社で配達員の仕事に就いていることは薄々わかっている。しかし、働き方改革で収入が減っていることを承知しているから、見て見ぬふりをしているというのが実情だ」と松本さんは指摘する。
違反のリスクを承知しながらも副業ドライバーの受け入れに積極的なトラック運送会社も存在する。通販商品の配達サービスなどを展開する、ある軽トラ運送会社もそのうちの一社だ。同社では、ヤマトのような大手宅配便会社に籍を置く副業ドライバーたちを、教育や研修をほとんど必要とせずに現場に投入できる「宅配便の業務ノウハウを身につけた即戦力」(同社経営幹部)として重宝している たとえ法的に問題があるとしても、需要がある以上、より多く稼ぐためにトラックドライバーたちが副業でもドライバーとしてハンドルを握るという流れはしばらく止めることができないだろう。