昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/11/19

 山口百恵が結婚・引退を発表した翌月の1980年4月、18歳の新人歌手・松田聖子が、百恵と同じCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)からシングル「裸足の季節」でデビューした。スタッフが「ポスト百恵」を明確に意識して世に送り出された聖子はこのあと、百恵の引退するまでの7ヵ月のあいだに、10月1日リリースの3rdシングル「風は秋色/Eighteen」が初めてオリコンチャートで1位となり、トップアイドルの交代を印象づけた。

百恵と対照的な結婚を選んだ松田聖子

 聖子は結婚にあたっても百恵とは対照的な道を選んだ。23歳だった1985年、俳優の神田正輝と結婚した彼女は、このあとも芸能界に残った。翌年には1児(現在、ミュージカル女優として活躍する神田沙也加)も儲け、やがて「ママドル」などと呼ばれるようになる。社会心理学者の小倉千加子は、フェミニズムの見地から百恵と聖子を論じた著書のなかで、次のように聖子の選択を評している。

二度目の結婚会見ではウェディングドレスも披露した松田聖子 ©文藝春秋

《彼女は結婚したことで何も失うことはなかった。アイドルとして結婚して、アイドルのまま生活感を身にまとわず、沙也加を生んだのです。つまり、本名・神田法子になることを拒否して、「松田聖子」でいつづけた。/さらに言えば、結婚、出産という近代家庭制度の下で女性が享受できる全ての経験を積みながら、「芸能人・松田聖子」を延々とプロデュースし続けたともいえます。/これは、三浦友和と結婚した百恵が、引退を選んで家庭に入り、「芸能人・山口百恵」という存在をすべて三浦百恵に回収してしまったのとは、百八十度違います》(※2)

 ただ、結婚・出産を経た松田聖子がアイドルといえるかどうかは意見が分かれるところだろう。アイドルとは擬似恋愛の対象と定義するのであれば、彼女は結婚とともにそこから外れたといえる。また、その後のアメリカ進出などの展開からは、アイドルを脱してアーティストを志向するようになったと見ることもできる。

1997年には神田正輝と離婚 ©文藝春秋

 90年代に入ると、バンドブームなどもあって、若い女性アイドルのアーティスト化が目立つようになり、「アイドル冬の時代」ともいわれる時期に入った。

 スーパーモンキーズというアイドルグループの一員としてデビューした安室奈美恵も、1995年にソロに転じてからは、アイドルというよりはアーティストと呼ぶにふさわしい活躍を示した。その安室は、20歳だった1997年に結婚とともに妊娠3ヵ月であることを発表し、世間を驚かせる。

アイドルよりもアーティストのイメージの強い安室奈美恵 ©文藝春秋

 1年間の産休を経て復帰したが、デビューから26年が経った2018年に引退した。引退の理由に、声帯が限界に達して声がうまく出なくなったことをあげた彼女は、やはりアイドルではなくアーティストであり、アスリートにも近いものを感じさせた。

z