肩はボロボロだった
「実はこのシリーズ、僕の肩はボロボロでとても投げられるような状態やなかったんです」
加藤は意外なセリフを口にした。
「シーズン残り16日で14試合。僕は先発、リリーフでフル回転でした。腕はもう上がらないような状態でシリーズも痛み止めをいっぱい飲んでいた。
最初はベンチ入りを断ろうと思うてたんです。スコアラーには“無理です。投げられませんから”と言いました。すると、“まぁ、そう言うな。オマエのおかげでここまで来られたんやから、ベンチくらい入って(シリーズの)雰囲気を味わえよ”と。それでベンチ入りだけはしたんですがキャッチボールもできんかった。
そんな体やから第2戦でベンチから“加藤、行くぞ”と言われた時にはビックリしました。しかし、人間っておかしなもんでね、マウンドに上がると肩のことなんて忘れてしまうんです。アドレナリンが出まくっていたんかな。痛みも消え、カッとなってヤケクソで投げたら抑えてしまったんです」
翌日、新幹線で東京へ。車内で加藤は仰木に呼ばれる。
「3戦目、行く!」
「わかりました」
第2戦、リリーフで登板した時点で加藤は腹をくくっていた。
「そりゃ、痛かったですよ。ピッチング練習にもならんかったくらい。でも、2戦目に投げていて、今さら“やっぱり、もう投げられません”とは言えんでしょう。“もうエエわ。アカンかったら代えてくれるやろう”くらいの気持ちでマウンドに上がりました」
第3戦、東京ドーム。近鉄は加藤、巨人は宮本和知を先発に立てた。
敵地に乗り込んでも近鉄の勢いは止まらなかった。初回、ブライアントのタイムリー二塁打で先制すると、2回には光山英和の2ランが飛び出し、試合の主導権を握った。
加藤は肩の不安もものかは、5回1死までノーヒットピッチングを続け、7回途中まで巨人を3安打に封じて勝ち投手になった。3対0で近鉄は3連勝。レギュラーシーズンの天王山(対西武、ダブルヘッダー)をブライアントの劇的な4連発でモノにし、ミラクルと呼ばれた勢いはシリーズに入って、さらに加速しているように見えた。
巨人の打者の目に、加藤のボールはどう映ったのか。この第3戦以降、クリーンアップを任された岡崎は語る。
「フォーム的には体が突っ込み、手が遅れてくる分、タイミングが取りづらかった。実際の球速以上にボールが速く感じられるピッチャーでした」
巨人は主砲・原辰徳の不振が誤算だった。初戦から2戦まで10打数ノーヒット。打順も四番から五番、そして第3戦は七番にまで下がった。主砲の表情は青ざめていた。
試合後のお立ち台に立った加藤はインタビュアーの質問に声を弾ませた。
「(巨人打線は)大したことなかったですね。打たれそうな気はしなかった」
「シーズン中のほうがよっぽどしんどかった。相手も強いし……」
勝利投手になった高揚感も手伝ってか、刺激的なセリフがポンポンと飛び出した。