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GLAY・TERU(27)の離婚劇…妻と子供を捨ててまでPUFFY・大貫亜美(25)を選んだ理由とは

『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか』より #1

2020/12/02

愛する人が変わっていく不安

「成功してくれたのは嬉しいけど、彼が遠くに行ってしまうような気がする」

 実際、サクセスを掴んだ成功者は、その生活が一変するのはもちろん、同時に交遊関係にも変化が生じるのはよくあることだ。これまでの友人とは異なる顔触れが列なり、身なりや言葉遣い、さらには、趣味、嗜好さえも変わっていく。

「言葉を逆さまにしゃべる人たちが増えてきた。私から見れば、それは宇宙語でしかない。何をしゃべっているのかわからない。お寿司のことを『シース』と言ってみたり、わけのわからない話をしている」(『私の中のGLAY』清水由貴著/コアハウス刊)

 という、インディーズ時代のGLAYを支えたスタッフの証言にもあるように、もしかしたら、妻も似たような経験をしていたかもしれない。

 そして、変化する交遊関係の中には、当然、女性の存在も含まれる。容姿、地位、教養、これらの備わった今まで出会ったことのないタイプの女性ばかりが現れる。成功者の多くが、家庭を顧みなくなるのに十分すぎる理由がある。

 そして、96年という年は、GLAYだけではなくもう一組のアーティストにとっても運命の年となった。――PUFFYである。

コンサートで歌うPUFFYの吉村由美と大貫亜美

大貫亜美との不倫、そして離婚と再婚

 大貫亜美、吉村由美の女性デュオからなるPUFFYは1996年、奥田民生プロデュースのデビューシングル『アジアの純真』(作詞井上陽水・作曲奥田民生)がいきなり売り上げ106万枚のミリオンヒット。2ndシングル『これが私の生きる道』はさらにそれを超える161万枚を記録、翌年春のセンバツ高校野球の入場行進曲に選ばれるなど、一躍日本の音楽シーンの中心に躍り出た。

いきなりミリオンセラーとなったPUFFYのデビューシングル『アジアの純真』

 安室奈美恵、華原朋美、globe、hitomiなど、小室ファミリーが常にヒットチャートに名を連ねていた96年の音楽業界において、GLAYとPUFFYは、非小室派ながらミリオンヒットを連発する稀少な存在といえた。

 あくまでも、音楽業界における並び立つこの関係が、実生活でもそうなろうとは、この時点ではまだ誰も知らない。

 ちなみに、GLAYとPUFFYの初共演は、1996年8月31日放送の『ポップジャム』(NHK)で、GLAYはヒットチャート1位の『BELOVED』を、PUFFYは1stアルバム『amiyumi』収録の『とくするからだ』を歌っている。

PUFFYの1stアルバム『amiyumi』

 二度目の共演は翌97年8月30日放送の『今夜独占! 最強生放送‘97メガヒットライブ』(TBS系)まで待たねばならない。なおこの年は、12月22日放送『HEY!HEY!HEY!生のチャンプクリスマス・2時間の生放送』(フジテレビ系)と、12月26日放送『ミュージックステーションSPスーパーライブ‘97』(テレビ朝日系)のいずれもスペシャル枠での共演のみである。

 他にも大勢の歌手やミュージシャンがその場にいたことを思えば、このときの初対面で交際に発展しなかったのも至極当然のことだった。