「文藝春秋」12月号の特選記事を公開します。(初公開:2020年11月27日)

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 銀行に預けたお金が抜き取られ、お金を取り戻したくても当の銀行は手も貸さない。そんな仕打ちを多くの顧客が受けた。ゆうちょ銀行で実際に起きた話である。

 たとえば千葉県に住む高校教諭の藤本祥子さん(仮名、20代)は昨年8月9日、光熱費の支払いなどに使っていたゆうちょ口座から、計9万4000円が抜き取られていることに気づいた。お金の行き先は「ウェルネット」という聞いたこともない会社だ。

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 藤本さんの名前や銀行口座、4ケタの暗証番号などを不正に入手した何者かが、ウェルネットの決済アプリに藤本名義のアカウントをつくり、ゆうちょ銀行の口座振替サービスを通じてお金を抜き取ったとみられる。のちにNTTドコモの決済サービス「ドコモ口座」で多くの被害が判明したのも、こうした手口によるものだ。

補償はしてもらえず泣き寝入り

 だが、昨夏に被害を受けた藤本さんがゆうちょ銀行のコールセンターに電話しても、キャッシュカードを止めるだけで、補償はしてもらえなかった。郵便局の窓口でも相談したが、優しそうな女性の郵便局員が「上司に相談してもダメだった。何もできない」と返すだけだった。

©AFLO

 縁もゆかりもないウェルネット社に連絡して返金や補償を求めると、同社からは「弊社・ゆうちょ銀行では対応できかねる」「当社としては返金対象外の扱い」と突き放された。警察からも「お手上げ」と言われ、年明けに泣き寝入りを決めた。10万円の特別定額給付金が出たときには「これで差し引き6000円のプラス」と自分を慰めるしかなかった。

 ところが、今秋に「ドコモ口座」で同じような被害が続出し、ゆうちょ銀行が補償する方針だとニュースで知った。1年ぶりに同行のコールセンターに連絡すると、今度は「補償を検討する」と態度が一変。ドコモ口座の問題がマスコミで取り沙汰されなければ、今も補償されないままだったのではないか。

「社長直轄のタスクフォースによる総点検」と言うが……

 一連の不正引き出し被害が突出して多かったゆうちょ銀行は11月9日、「社長直轄のタスクフォースによるセキュリティーの総点検」と題した仰々しい発表を行った。要は、追加のセキュリティー対策も講じたうえで、安全性が十分かを業界団体の指針と比べながら検証したものだ。

増田寛也社長は改革できるのか? ©共同通信社

 自前のプリペイド機能付きデビットカード「mijica(ミヂカ)」は、安全性が不十分な項目が多く、サービスを抜本的に見直すことにした。一方、ドコモ口座などの決済サービスとの口座振替は、追加策も踏まえて「問題なし」と判定。提携先の安全性も確認したうえで、再開の準備に取りかかる。

 だが、形ばかりの対策では、同じような不祥事はまた起きる。問題の根本原因を解明していないからだ。