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内臓をえぐるような「線の日本美術史」 川内理香子のドローイングに溺れる

アート・ジャーナル

2020/12/19
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彼女の描く線は、まるで生きて動いているよう

「食と性」「身体と思考」「自己と他者」などをテーマに、絵画にはじまり針金やネオン管を使った立体作品まで、幅広い創作を手がける川内理香子。ただし今展と画集には、タイトルの通りドローイング作品のみを集めてある。

川内理香子画集『Rikako Kawauchi drawings 2012-2020』 発行:WAITINGROOM
ページ数:192ページ(カラー174ページ・モノクロ18ページ)
サイズ:301 × 226 × 20 mm
川内理香子画集『Rikako Kawauchi drawings 2012-2020』 発行:WAITINGROOM
ページ数:192ページ(カラー174ページ・モノクロ18ページ)
サイズ:301 × 226 × 20 mm

 ドローイングとは、絵具で面を塗って絵を仕上げるペインティングに対して、描線を中心にして描かれた絵のこと。川内の場合、何かを創造しようとするとき、起点になるのはドローイングであるという。

 まずは平面の上に、線を自由に走らせてみる。それが線だけで何かを表すかもしれないし、色を足していきたくなればそうする。ときには平面を飛び出して、針金やネオン管の立体作品へ発展していくこともあるというわけだ。

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川内理香子個展『drawings』展覧会風景 会場:WAITINGROOM(東京)

 すべてのもとになっている川内の線は、その伸びていくさまを目で追っているだけで不思議と快い。シンプルで迷いがなくて、

「生きているな!」

 そんな感想が口を衝いて出てくる。一本ずつの線が、勝手に生成して気ままに伸び出して、増殖していったように見える。線を愛でるだけでこんなに愉しめるなんてことがあり得るのか……、と驚いてしまう。

川内理香子個展『drawings』展覧会風景 会場:WAITINGROOM(東京)

 思えば日本美術には、線の一本一本を尊び、そこに生命を宿らせんとする伝統がある。

 たとえば線描で万物を描こうとし、「北斎漫画」にまとめた葛飾北斎。浮世絵版画の絵師として、後れ毛一本にまで気を配り色気を生み出した喜多川歌麿。役者の演技の迫真さを、奇妙なかたちでこわばる手指によって表す東洲斎写楽。

 水墨画を大成した雪舟の、太さも濃淡も自在な墨線も見ていて飽きない。『源氏物語絵巻』などに特徴的な人物の描き方「ひき目かぎ鼻」や、『鳥獣人物戯画』のコミカルな動物たちだって、繊細極まりない描線があればこそ十全に表現できたのだ。ここに、まさに線だけですべてを表す「書」の伝統を、加えてもいいだろうか。

川内理香子個展『drawings』展覧会風景 会場:WAITINGROOM(東京)

 本人は意識しておらずとも、川内理香子の線の表現は、これら「線の日本美術史」を受け継ぎ更新しているのかもしれない。

身体全部を使って絵を観る

 線にいざなわれて画面に目をさ迷わせていると、ときおり赤黒い色に塗られた部分が出てきてハッとする。生きものの外側と内側をむりやり裏返して、ふだん隠れている秘所をいきなり見せつけられた気分。ショッキングで、かつ美しい。こちらの身体のあらゆる箇所が強く揺さぶられる。

川内理香子, hold, 2020, watercolor and pencil on paper, 515 x 364 mm

 絵を観るとは、単に視覚上の刺激を受け取るだけじゃない。こちらの身体のあらゆる箇所をフル稼働させながらイメージを咀嚼し、呑み込み、取り込むことだ。相当に激しいやりとりがそこにはあるものなんだと、川内理香子の作品は教えてくれる。

 個展で実物を目の当たりにするのもよし。画集で気に入ったドローイングを見つけて、細部まで舐めるように愛でるもよし、である。

©︎Rikako Kawauchi, courtesy of the artist and WAITINGROOM
Photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)

 

INFORMATION

川内理香子・初画集刊行記念個展『drawings』
2020年11月29日~2020年12月27日
 

WAITINGROOM
http://www.waitingroom.jp
 

川内理香子画集『Rikako Kawauchi drawings 2012-2020』
発行:WAITINGROOM
https://waitingroom.theshop.jp/items/36458916

内臓をえぐるような「線の日本美術史」 川内理香子のドローイングに溺れる

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