原因は「ホルモンバランスの乱れ」ではない
――産後はホルモンバランスが乱れて感情的になりやすいと言われますが、それも原因ですか?
宗田 産後うつの原因は「ホルモンバランスの乱れ」とよく言われますが、違うようです。出産直後に現れる激しい感情の浮き沈みは「マタニティーブルーズ」と言われ、これはホルモンの急激な変化が原因で、ほぼ2週間以内に収まります。
産後うつは本人の抱えているメンタルの既往のほか、人間関係や住環境の変化など環境的な要因によって引き起こされます。これらは本人が元気な時には自分で対処したりバランスをとったりできるので表面化しません。しかし、出産は10カ月かけて心身に変化を起こし、産後は外傷による痛みが大きく、人によっては痔や恥骨の痛み、骨盤の違和感などもあり、最低でも1カ月は安静が必要です。授乳もあり、家庭によっては上の子の世話や家事などで動かざるを得ず、負担が増えます。その結果、それまで余裕があった時にはできていたことができなくなり、上述の問題が表面化し、産後うつという形で現れてくるとも言えます。
見方を変えれば、産後うつは夫や家族、周囲のサポートがあれば予防・軽減・改善できるものです。産後の母親が体に受けているダメージの大きさを皆が理解し、母親は少なくとも産後1カ月しっかり休む、動いても授乳程度にできるように環境を整えることが大事です。
高齢出産の増加で産後うつリスクが高まっている
――産後うつは増えているのでしょうか。
宗田 現代の女性は産後うつを発症しやすい状況に置かれています。大家族で近所付き合いが当たり前だった時代は、近所に育児中の母親や年配者がいて、不安になれば相談でき、子どもを預けたりしやすかったと思います。それが今は核家族化が進み、育児サポートを受けられない母親が増えてきました。
さらに4人に1人にまで増えた高齢出産は、20代の出産に比べて出産による身体のダメージ、睡眠不足や疲労からの回復が遅く、ストレスもたまりやすい。特に高齢出産の女性は働いていることが多いので、職場でのストレスやうつを経験している人が20代に比べると多くなります。
また経験的に感じるのは、母親になる世代の女性は親との関係によるトラブルから精神的な問題を抱えている人が多いです。そういう人は自己否定しやすく、うつなどの症状として現れやすい。自己肯定感は人間の基盤で、人との関係を築く上でもとても大事なのですが、そこが欠けていると育児でも自分を責めやすくなります。メンタルの問題といっても本人の問題だけでないことも多く、産後うつには複雑な背景があると感じています。
まずは「保健師」に相談を
――産後うつかもしれないと思ったら、どうしたらいいでしょうか?
宗田 まずは住んでいる地域を担当している保健師に連絡して相談してみてください。産後うつに理解のある医療機関、訪問や入所サービスなどの情報が得られると思います。
医療機関にかかった場合、薬を使って治療する患者さんは2割もいません。ほとんどがカウンセリングによる治療になります。うつ病の患者さんに行われる認知行動療法も有効です。
昔の日本の母親は、産後一カ月は布団を敷いたまま生活し、その後に「床上げ」して少しずつ家事などを行っていったものです。今の日本は、産後に対する理解どころか、ベビーカーを押す母親がエレベーターを遠慮する光景が見られたり、母親や育児に対する目がそもそも冷たいと思います。お隣の韓国では、女優の小雪さんが行かれたことで話題になった「産後調理院」という母親と赤ちゃんが一緒に入って産後の回復をサポートしてもらう宿泊施設が一般的ですし、中国でも産後1カ月は安静にする風習があります。子どもを大切にするには、まず子どもを育てている母親に対する支援が必要です。女性に対する産後うつについての知識の啓発も重要ですが、日本がもっと社会全体で子どもを育てていこうという雰囲気になればと思います。