絶対に笑ってはいけないはずの室内が失笑に包まれた。
「私はパチンコが大好きで、3日に1回通っていました。やみつきになっていましたが、妻は嫌いでした。うちでは金は妻が握っている。パチンコ代をくれるように要求して、妻から現金をもらっていました」
これは、閑古鳥が鳴く居酒屋で聞かされたおじさんの愚痴ではない。12月9日、公職選挙法違反の罪に問われている元法相、河井克行被告の刑事裁判で検察官が朗読した、元広島県安芸高田市議(70)の供述調書である。(全2回の1回目/続きを読む)
「妻に『パチンコやりたい』とせびっても……」
「参院選で家内(河井案里被告)を頼むけえ」
元市議は現職だった2019年6月、自宅を訪ねてきた夫の克行被告から広島弁でそう言われ、現金10万円の入った白い封筒を手渡された。「これはいけませんよ」と言って突き返そうとしたが、「まあまあ」とあしらわれ、封筒は安倍晋三首相(当時)と案里被告の顔写真が載ったポスターと一緒に置いていかれたという。
違法な現金の使い道は、東京地裁第102号法廷でこのように明かされた。
「妻に『パチンコやりたい』とせびっても、『金がない』と言ってくれないから、河井先生からもらった10万円はありがたい、『ラッキー、パチンコに使える!』と思い、吉田町のパチンコ店に行きました。1、2カ月で10回くらい行って、負け続けました。それで全額を使い果たしました」
元市議は連続当選5回のベテランだったが、河井夫妻が起訴された今年7月に自ら辞職している。6月には記者会見を開き、封筒の中身を確認せずに燃やしたと説明していたが、検察の取り調べでは完落ち。実際はパチンコに使ったという不都合な真実を白状したというわけだ。
この供述が読み上げられた日の大法廷に克行被告の姿はあったが、元市議は呼ばれていなかった。鉄面皮のごとき無表情の男性検事が約4000字の調書を機械的に読み上げることで「醜態」はつまびらかにされ、傍聴席や記者席からの笑いを誘ったのである。
十人十色「汚い金」の人間くさい使い道
河井夫妻による大型買収事件は舞台となった地元・広島に止まらず、日本政治の中枢までも混乱の渦に巻き込み、7年以上も続いた長期政権に退場を促した。その真相解明は8月から東京地裁の法廷で行われている。
時に癇癪を起こす夫の克行被告、泣き笑いを繰り返す妻の案里被告。「選良」にあるまじき夫婦の奇行が報じられてきたが、週3回程度のペースで開かれる審理では、広島の政界関係者ら100人に対し、総額2901万円が配られた個々の状況が粛々と取り調べられている。
筆者は連日、その様子を傍聴席から眺めてきた。「安倍首相側近」の異名を笠に着て、傍若無人に振る舞い、人の弱みにつけ込んできた克行被告の所業には呆れ返る。その反面、思わず聞き入ってしまうのは、被買収者たちの十人十色とも言える「汚い金」の使い道だ。
立場のある人間があぶく銭を手にした瞬間に「下心」を顕わにする。彼らの多くは検察の事情聴取で「反省」を口にしながら、不正な裏金をちゃっかり使い切っていたのだ。その用途は卑小にして、すこぶる人間くさい。