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この対応ぶりに私は覚えがあった

 2人とも組織内の立場があるからそう言わざるを得なかったのだろう。私は本で真実を書いたが彼らの立場も考え静観することにした。それから2年、K氏もY氏も異動した。もういいだろう。文庫版を出すにあたり文藝春秋はNHKの見解を質した。

「虚偽の記述とはどの部分なのか? 著作に虚偽があると発言しながらどこが虚偽かを指摘しないのは誹謗中傷ではないのか? それは報道機関として許されることか?」

 これに対するNHK広報局の回答がFAXで届いた。

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「ご質問に回答します。見解はすでにお示ししている通りです。以上です」

 見事にこれしか書いていない。木で鼻をくくったという表現がぴったりだが、この対応ぶりに私は覚えがあった。そう。森友公文書改ざん。財務省、近畿財務局、安倍首相(当時)や麻生財務大臣、そして後を継いだ菅首相も、ほぼ同じ答えぶりだ。

首相官邸 ©文藝春秋

 夫が改ざんで自死に追い込まれ「真相解明の再調査をしてほしい」と願う赤木雅子さんに対し、「調査は尽くした」「新事実はない」「これ以上調べるつもりはない」と判で押したような答え。「森友はもう終わった話」にしたいのだろう。なぜなら真実が明らかになると都合が悪いから。だから改ざんまでして真実を消そうとした。

 改ざんを指示した佐川宣寿財務省理財局長(当時)。赤木雅子さんの夫、俊夫さんを休日に呼び出し改ざんをさせた近畿財務局の上司、池田靖氏。彼らはいまだに真実を明らかにしていない。何を聞いても答えない。それはなぜか? 組織の圧力だ。組織が「黙っていろ」と命じるから黙っている。黙らされている。さぞつらかろう。真実を話すしか楽になる道はないのに、その道を閉ざされている。

森友国有地値引きも公文書改ざんも何一つ古びていない

 NHKには心ある取材者が大勢いて日夜努力を重ね、ニュースを、番組を、出そうとしている。私もその一員だったし、共鳴して助けてくれる人も大勢いた。K社会部長もその一人だ。彼らも組織の圧力で何も語れないのだとしたらあまりにもつらい。

 この本は森友事件の取材と報道を巡るNHK内の奮闘と軋轢を描いている。背後に安倍官邸の姿が見え隠れするが明示的には書いていない。だけどあの時の私や仲間たちはもちろん意識していた。官邸に忖度する上層部に負けずに放送を出すぞ!

筆者の相澤冬樹氏

 だから本書の題には「安倍官邸vs.NHK」の言葉を残した。文庫化にあたり大幅に加筆したが、最も大きいのは赤木雅子さん俊夫さん夫妻に関する部分。最初の単行本を書いていた時にはわかっていなかったが、本が出来上がろうかというタイミングで赤木雅子さんに初めて会えた。その後、劇的な展開を見せて、週刊文春での俊夫さんの手記全文公開、国と佐川氏の提訴に至った。

 そういう意味で森友国有地値引きも公文書改ざんも何一つ古びていないし終わってもいない。本書が今に続くこれらの問題を理解する一助になれば幸いである。