「この星」に「この絵」を掛けるにはどうするのがいちばんか?
元は朝香宮の邸宅だったこの空間に絵を設置しようとするとき、俺の考えるのはこの部屋の壁と絵の関係だけじゃない。床や廊下、建物全体を俯瞰したり、空を見たり、方角、つまりこの星全体を視野に入れて、『この星にこの絵を掛けるにはどうするのがいちばんか?』と考える。
そういう感覚を持って絵を設置すれば、絵と周りの境界線なんてなくなって、絵の周りすべてが絵になるだろう? いや絵の周りどころじゃないな、絵はどこまでも広がっていって、この星どこもかしこも絵になるよな? 絵をストンと床に置くだけで、それだけのことが起こるんだよ」
グループ展「生命の庭 8人の現代作家が見つけた小宇宙」にて
そう、小林正人さんが話を聞かせてくれた場所は、東京都庭園美術館の展示室。年をまたいでグループ展「生命の庭 8人の現代作家が見つけた小宇宙」を開催中だ。朝香宮の邸宅だった建築を美術館に転換した趣たっぷりの空間各所に、小林さんはいくつもの絵を「設置」している。
どの作品も「邸宅だった時代からここにあったのでは?」と思うほど馴染んでいるのは、小林さんの感覚が空間全体に浸透している証左だろう。
「つまりさ、俺は絵を描いているときいつだって、『この星の絵の具で、この星の絵を描いている』という感覚があるんだと思うよ」
と話す小林正人さんの創作姿勢は、あまりに独特だ。作品を目の前にしていれば言わんとすることもストンと胸に落ちるが、いきなり言葉に触れるだけだと、にわかに呑み込めないところが残る。
小林さんが執筆した自伝小説『この星の絵の具』
そんなとき、よすがになってくれるものができた。小林さんがみずから執筆した自伝小説『この星の絵の具』。2018年に上巻「一橋大学の木の下で」が、2020年に中巻「ダーフハース通り52」が刊行され、下巻も着々と準備が進んでいる。
自身の来し方を10代のころから順に掘り起こすことで、絵を描くこととなった動機、描き続ける上での葛藤、独自のスタイルを生み出すに至った過程を、くっきりと浮かび上がらせている。
「この本を読むことで、みんながもっと絵を好きになってくれたらうれしいかもね」
かつての小林さんは、自分の絵のことを言葉で伝える必要性などないと感じていた。絵描きたる自分は、絵でしか伝えられないものを扱い、言葉の届かない領域を進んでいるとの自負もあった。