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「もう肩は壊れていい」福岡と甲子園で味わった天国と地獄 松田遼馬の9年間

文春野球コラム ウィンターリーグ2021

2021/01/13
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関西で過ごした「最幸」の時間

 今もあのスクリーンショットは保存されているだろうか。タイガース時代の15年。開幕して3週間ほどたったある日、遠征先の名古屋で食事に誘った。店へ向かうタクシーの中で松田は、スマホを嬉しそうに見つめていた。「今僕、最多勝なんですね。こんなこともう無いだろうから、保存しときます」。その年、開幕1軍入りを果たすと好救援を続けて3勝を荒稼ぎ。他球団のエースたちを抑えて「勝利数」の項目に自分の名前が一番上にあった。そんなことが嬉しかった21歳。毎日、胸を躍らせてプロのマウンドに向かう姿が、当時はほほえましかった。

 右肘の不調に悩み、痛みで夜中に目覚めることも数え切れない。右手に持っていたボールを握れず、足下にポトリと落とした時の絶望感。タテジマのユニホームには辛く苦い思いが上塗りされていったが、甲子園のマウンドで浴びる声援がいつも帳消しにしてくれた。「野次もありましたけど、それも含めてあれだけの応援をしてもらったことは忘れられないです。高卒で入って監督、首脳陣の方に早い段階から使っていただきましたけど、期待に応えられなかったのは悔しいし申し訳ないですね」。福岡が「最高」なら、関西で過ごした時間は「最幸」だったのかもしれない。

 年が明けた1月5日。その姿はマウンドにあった。現役時代に毎年、合同自主トレを行ってきた阪神の先輩・中谷将大の練習サポートに駆けつけていた。ストレッチとアップで体を温めるとキャッチボール相手を務め、打撃投手も買って出る。中谷の「ラスト」の声が挙がるまで腕を振り続ける。「ずっと一緒に練習をしてきて何か手伝えることはないかなと。もう自分の肩は壊れてもいいんでね」。戦い抜いたことを示す柔らかい笑みだった。

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中谷将大と松田遼馬 ©チャリコ遠藤

チャリコ遠藤(スポーツニッポン)

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