女優の名演技、と紹介する時にマスメディアが流す映画やドラマのハイライト映像は、どういうわけか涙を流す「泣きの芝居」のシーンであることが多い。作品を知らない観客にもわかりやすい、ということもあるだろうし、女性の登場人物が涙を流す場面が物語のクライマックスに配置されることが多いのも一因だろう。
だが、怒りの演技もまた涙の演技と同じくらい、その女優の実力と資質を際立たせるのではないか。1月8日に公開された井上真央の主演映画『大コメ騒動』を見ながら、そんなことを考えていた。
女優の演技にかぎらず、人間が怒りの感情を表現することは、意外に簡単なことではない。普段めったに怒らない、怒りの感情を表出したことがない人間が突然怒ろうとしても、声がうまく出なかったり、怒りの感情がコントロールできずに涙声に流れてしまったりする。それは普段球技をしない人間が突然ボールを投げると、おかしな投げ方になってしまう現象に似ている。怒りのボールを届けるには、経験と練習が必要なのだ。
怒りの演技が、日本中の女の子をノックアウト
井上真央は、まだ小学生のころから自然に怒ることができた。子役時代に早くも名を知らしめた出世作『キッズ・ウォー 〜ざけんなよ〜』で演じた正義感の強い少女、今井茜が周囲の人間に啖呵を切る場面は、その切れの良さで多くの視聴者を魅了し、シリーズを重ねるうちに子役である井上真央が事実上の主演になっていった。
それが4歳の時から所属した劇団東俳でのレッスンで身につけた演技力なのか、それとも本人が言うように、いつも男の子たちと競って遊び、顔に青痣を作ってオーディションに臨んだという実体験で育んだ能力なのかはわからない。だが少年野球チームの中の女子ピッチャーが見事な投球フォームで男子から三振を取るように、井上真央はそのキャリアの初期から、オーバースローで怒りのボールをストライクゾーンの真ん中に投げ込むことができたのだ。
井上真央の怒りの演技が、日本中の女の子をノックアウトしたこともある。2005年8月18日、TBSのプロデューサー瀬戸口克陽は、秋から放送するはずだったドラマ企画の穴埋めのために急遽ドラマ企画を立てるように依頼される。
白紙状態からクランクインまで1ヶ月を切るという異常な状態の中、彼は当時すでに何度もドラマやアニメ化され、完結もしていた人気少女漫画のリメイクを企画に選び、松本潤、小栗旬、松田翔太、阿部力という、今ではひとつの作品に集めることなど至難の業になったブレイク前の若手俳優たちを拝み倒してキャスティングしていく。ドタバタの事情の中で作られる漫画原作のドラマ化であり、上層部からは「視聴率は5%いけばいいよ」と諦め半分に言われていたという。