陳光誠事件を覚えているか?
こうした中で私が注目するのは、香港、ウイグルなど人権問題を重視するとしているバイデン次期大統領がこの問題で本当に毅然とした対応を取れるか、という点だ。オバマ政権期の2012年、米中関係を極度に緊張させた陳光誠事件を覚えているだろうか。地元当局に迫害された盲目の人権活動家・陳光誠は中国人権問題の「象徴」と位置付けられた。農村で軟禁状態の陳は、北京に向けて脱出し、米大使館に保護されるのだが、たまたま米中戦略・経済対話のため北京入りしたヒラリー・クリントン国務長官が緊迫の米中交渉を続ける。当初、強硬姿勢の中国政府も結局、陳氏の米国行きを容認するが、クリントンの下で対応に当たったのが、クリントンの次席補佐官だったサリバンだ。
対中協力を維持しながら、いかに人権問題で共産党の強権体制を妥協させるかは、米歴代政権、特に民主党政権が共産党と向き合う際、最も悩んだ問題の一つだ。
クリントンの回顧録『困難な選択』(日本経済新聞出版社)の中に、陳光誠事件の交渉を終え、「私たちは正しいことをしたと感じていますか?」と尋ねるキャンベル国務次官補に対してクリントンが「これは合衆国が合衆国であるために払う小さな代償よ」と答える場面が出てくる。
実は当時、オバマ政権内部では、人権問題を米中関係に影響させるべきではないという意見も出たが、クリントンは、米国にとって対中協力を犠牲にしても人権問題が重要であると説き、「人権に対する我々の姿勢は米国の強さを支える最も偉大な資産の一つである」とも記した。
しかし8年前の中国は今の中国と違う。習近平が社会主義の優位性を前面に「強国路線」を打ち出す中、人権問題で妥協を許さなくなっている。
一方、バイデンにとって幸いなのは、トランプが発動した香港・ウイグル問題などに関する対中制裁が交渉カードになることだ。トランプの「遺産」を基に、制裁解除を武器として、あるいは制裁強化をちらつかせながら、習近平に直接圧力を加え、民主主義の根幹にかかわる人権・言論弾圧問題で少しずつ柔軟な姿勢を引き出せるかが、最大の見所だ。
中国共産党との交渉は「是々非々」で進めるしかない。