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木版画で「世界百景」を目指す

 脂の乗り切った40代のころ、吉田博はさらなる画業の転機をみずからつくり出す。

 木版画の魅力に目覚め、盛んに手がけるようになったのだ。

《ヴェニスの運河》1925年

 改めて海外に取材し、木版画による「米国」シリーズを為したのが49歳のとき。ヨセミテ渓谷やグランドキャニオン、ナイアガラ瀑布などに取材した作品は、絵柄のスケールの大きさと日本伝統の繊細な木版表現が相まって、他に類例のない魅力を湛えている。

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 続いて米国のみならず、世界各地の名勝を題材にした木版画も制作されていく。マッターホルンからエジプトのスフィンクス、ヴェネチアの運河、インドの墓廟タージ・マハルと、まさに「世界名所図会」をつくるのだと言わんばかりのラインアップ。

インドに取材して制作した木版画シリーズ。

 実際のところ吉田は、生涯の目標として「世界百景」の完成を挙げていたのだとか。志の大きさに胸がすく思いだ。

 もちろん国内にも目を向けた。京都に奈良、瀬戸内の海景や日光東照宮と、主要な景勝地はきっちり押さえてある。

 水辺の光景や、彩りの鮮やかな場所が多いのは、吉田の版画作品のひとつの特長か。移ろいゆく水や光のきらめき、微妙な陰影、これまで木版画ではあまり追求されなかったそうした繊細さまで表現し尽くしてやろう。そんな野心が作品から窺える。

同じ版木を用いて摺り色だけを変え、時刻や大気、光の変化を表した「帆船」シリーズ。

 もともと日本の木版画は、「浮世絵」という名のもとに、古くから世界的な定評を得ていた。そこにさらなる新味を、吉田は加えようとしたのだ。日本の絵画を世界に押し出していくにはどうしたらいいか? 彼は常にそう考え、想を練り、実行に移してきた。

 結果として、葛飾北斎や安藤広重ら風景画の歴史に名を残す江戸の浮世絵師に伍して、まったくオリジナルな木版風景画がここに生み出されたのである。

 一堂に集められたその精華、個展会場でたっぷり堪能されたい。