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「これはきな臭い…」福知山線脱線事故取材で見えたJR西日本内部の知られざる“権力闘争”とは

『真実をつかむ 調べて聞いて書く技術』より #2

2021/02/10
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「まずは重要人物に会ってください」

「メディアの激しい批判の嵐にアレルギーが強かった幹部たちも、少しずつ腹を割って話をしてくれるようになりました。そろそろ『お前の上司はどんな奴なんだ?』というのが先方の本音でしょう。相澤さん、まずは重要人物に会ってください」

 この言葉の意味は、取材先の重要人物がN記者に対し、「お前が信用できることはわかったが、上司も信用できるのか? 一度会ってみないと、NHKがどういう報道をするつもりかわからない」と話したということだろう。

 その重要人物がどういう立場の人か、現役かOBかも含め、ここでは記さない。私はN記者とその人物に会った。その人物がなじみの、とある飲食店の奥座敷で、3人で向かい合った。話をして、その人物がJR西日本のトップにつながっている理由がよくわかった。社内を知り尽くした“軍師”のような人物。私の知らないJRの光と闇とも言うべき裏面史の一端を語ってくれた。

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 一方で、自分の信念をしっかりと持っている人物だから、意見が合わないところでは激しい議論にもなる。その議論の中身を明かすと、誰のことかわかってしまうので控える。だが激論になっても、とことん語り合えばわかってくれる人だった。

「Nちゃんとも喧嘩はするけど、根っこのね、思想が合うんですよ」

記者を試すような質問

 N記者がこの“軍師”と固い信頼関係を築いていることがよくわかった。最後に“軍師”は眼光鋭く問いかけてきた。

「相澤さん、相澤さんの記者としての物差しは?」

©iStock.com

 私を試している。ここでどう答えるか?

「この事故を取材するということは、大勢の方の不幸を取材するということです。それに応える報道をする責任があります。きれい事だけで済ませるわけにはいきません」

 JRの暗部も含めて伝えるのだという意味を込めた。その言葉を聞いて“軍師”は深く頷いた。そして腹の底からうなるような声をだした。

「よし。あなたたちに賭けよう!」

 そして続けた。

「思い切ったことをしないと、この組織は変わんないからね。批判は大歓迎。批判してくんないと、この組織はまた同じ過ちを犯す。おっとり刀の批判じゃなくてね。NHKの確固たる物差しで、いいものはいい、悪いものは悪い。ご遺族、お客様、そして罵倒されながら働いている現場の社員が、腹の底から納得し、希望を感じられるような、切れ味鋭い報道をお願いします」

JR西日本のトップに接触

 この言葉を聞いただけで、この“軍師”の人物の大きさがわかる。そして実際に“軍師”の仲介で、JR西日本のトップに接触する機会が巡ってきた。

 山崎正夫社長(当時)。鉄道会社の運転系統などを担う「技術屋」と呼ばれる系列の人物で、技術部門トップの鉄道本部長を務めた後、子会社に移籍していた。しかし脱線事故の後、安全部門の専門家の役割を期待されて本社に副社長として呼び戻され、事故翌年の2006(平成18)年、社長に就任する。

 JR西日本では、国鉄分割民営化の中心人物の一人、 井手正敬氏が「天皇」と呼ばれて長く君臨し、自分と同じ事務部門の社長を後釡に据えていた。そんな中、山崎氏は初の「技術屋」社長だった。当初は事故対策のワンポイントという見方もあったが、安全重視を前面に出し、社内改革に取り組み始めた。