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「これはきな臭い…」福知山線脱線事故取材で見えたJR西日本内部の知られざる“権力闘争”とは

『真実をつかむ 調べて聞いて書く技術』より #2

2021/02/10
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儲け重視の経営に走っていたJR西日本

 それまでJR西日本は関西圏の都市鉄道網「アーバンネットワーク」を収益の柱に据え、関西の大手私鉄との競合路線でスピードアップを図っていた。過密なダイヤで定時運行を守ることが重視され、ミスをした運転士は現場を外し、草むしりや社内清掃などの懲罰的な再教育を課していた。これは「日勤教育」と呼ばれ、儲け重視の経営の象徴ともされていた。

 山崎社長は、こうした「井手路線」を変える必要があるとして、井手氏の腹心だった副社長を子会社に移籍させ、井手氏自身も会社から完全に切り離すなど、「井手派」を一掃して社内風土を一新する構えを見せた。事故のご遺族とも、一部の方々と比較的良好な関係を築いていた。そんな山崎社長が進めようとしている改革は、現場ではどう受け止められているのか、安全対策は本当に進んでいるのかを、組織の懐に入り込んで取材しよう。それが私とN記者の狙いだった。これだけの巨大組織の社内風土を変えるのは、そうたやすくはないはずだ。そこにどこまで迫れるか、挑戦するつもりだった。

 私たちは“軍師”の仲介で、初めて山崎社長と会った。その後も社長やほかのJR幹部と、“軍師”行きつけの例の店で会合を重ねた。“軍師”の手助けがあると、こうも話が進むのか。厳しい問題提起をしても、互いに納得しあえる信頼が芽生えた。幹部らと本音で議論し、語り合える関係に近づいたと思う。

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そして始まった密着取材

 山崎社長はざっくばらんな人柄だった。私たちの意図するところを理解し「それでいこう」と認めてくれた。こうして、NHKの取材クルーがJR西日本の社内に入り込み、現場で密着取材するという方針が固まった。

 希望する取材内容をJR西日本の広報部に伝えると、事情を察していたごく一部の幹部を除き、大半の担当者から「それはさすがに難しいと思いますけど」という言葉が返ってくる。それでも「まあいいから、上の人にお伺いを立ててください」とお願いする。すると次にはいかにも意外だという様子で「上からOKが出ました」と答えが返ってくる。驚くのもわかる。すでに社長をはじめ幹部らと話をつけているとは思いもしないだろう。

 現場に密着すると、やはり改革は一筋縄ではいかない現実が見えてきた。安全対策として改定したマニュアルが細かくなりすぎて、一部の現場で混乱が生じかねない状況になっていた。そんな実態もテレビカメラで捉えた。

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 そして迎えた脱線事故から3年、2008(平成20)年4月。ニュース番組の特集では、JR西日本に縦割り組織や官僚体質がまだ残り、改革が新たな壁にぶつかっていることを全国放送で伝えた。改革への強い意欲があることも伝えたが、会社に都合のいいメッセージとはならないようにした。

 そのかたわらN記者は、事故当時の社長が顧問として居座っていると批判を受けていた問題で、本人が辞任の意思を固めたニュースをはじめ、幹部人事や安全対策など経営の根幹に関わる事案でいくつもスクープを飛ばした。後に本人が明かしたところによると、他にもディープな特ダネ情報が入っていたが、相手からの相談という形で聞いたため、書くなと言われなくても書かない、メモにもしない、と決めていたそうだ。それでも肝心要の話では特ダネを出すのだから大したものだ。