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「これはきな臭い…」福知山線脱線事故取材で見えたJR西日本内部の知られざる“権力闘争”とは

『真実をつかむ 調べて聞いて書く技術』より #2

2021/02/10

忖度なく正論を伝えることの重要性

 山崎社長が改革路線を打ち出したことで、「天皇」井手氏に連なる人脈を“守旧派”とみなす論調がメディアで強まっていた。しかしN記者は、そうした見方にもくみしなかった。

「Mさん(井手氏腹心の元副社長)は単なるエリート官僚ではありませんよ。実務能力、人心掌握、社の内外の情報網、戦略のスケールといった面で優れた幹部の一人だという点は、立場により温度差はあれ社内の共通認識です。井手さんの懐刀として、国鉄時代から様々な勢力と硬軟織り交ぜて渡り合ってきました。こういう猛者と山崎社長が改革の歩調を合わせ互いに補い合えれば、一番だと思うんですよ」

 山崎社長サイドとの接点が増えていた私に対し、多角的な情報を届けてくれた。思うに、私に紹介したルート以外にも、JR西日本社内に派閥や立場を超えて人脈を広げていたのだろう。記者同士の流儀で、あえて聞かなかったが。

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 この時のN記者の取材ぶりから感じたこと。それは、幅広く情報を入手し、その情報を元にさらに取材対象に迫り、忖度なく正論を伝えることの重要性。それでも本物の記者は、立場や意見を超えて取材相手に好かれ信頼される。そんな魅力ある記者が増えてほしい。

JR社内の権力闘争と謀略の匂い

 ところが特集放送の5か月後、山崎社長は脱線事故の責任を問われて兵庫県警に書類送検され、翌年、業務上過失致死傷罪で神戸地検に在宅起訴された。社長は辞任せざるを得ない。だが私は納得できないものを感じていた。

 事故現場は以前、線路の付け替え工事によってカーブが急になっていた。その時、電車のスピードの出し過ぎを抑える新型のATS(自動列車停止装置)が現場に設置されなかったことが事故を招いたとされた。線路の付け替え当時、安全対策に責任がある鉄道本部長だった山崎社長が責任を問われた。

©iStock.com

 しかし現場のカーブにはその後、新型ATSを設置する計画があった。ところがその工事が遅らされる一方で、電車のスピードアップだけが進められた。そう考えると、新型ATSが設置されていなかった責任を問われるのは、線路の付け替え当時の責任者の山崎社長よりむしろ、事故当時の社長をはじめ経営陣、それに相談役として社内に君臨していた井手氏ではなかろうか。それでも山崎社長だけが刑事責任を問われ、井手氏ら事故当時の経営陣が問われなかったことが、いかにも異様に感じられた。

 山崎氏は社長の退任を余儀なくされたが、その後も取締役として経営陣にとどまっていた。ところがそれから間もなく、山崎氏が当時の航空・鉄道事故調査委員会の旧知の委員に働きかけ、事故の最終報告書を事前に入手したり、記載内容の書き換えを求めたりしていたことがマスコミ報道で発覚した。これらの事実は厳しく批判されて当然だが、その発覚のタイミングに私は謀略の匂いを感じた。

 これはJR西日本の社内権力闘争の側面があるのだろう。会社に長く君臨した「天皇」井手氏と、その流れをくむ事務部門出身の元社長や幹部たち。一方、山崎社長は安全対策重視のため社内の体制を一変させ、「井手派」と目された幹部たちを外していった。井手氏もグループ会社の顧問から外し、JR西日本から完全に決別させた。当然、社内に不満が渦巻く。