「サルでもステージ3とわかる資料を出すべきではないか」
「『サルでもステージ3とわかる資料を(分科会の専門家から)出すべきではないか』と申し上げたんです。誰が見ても『厳しい対策に踏み出すべき段階に入った』と一目でわかってもらえるような資料があれば、報道を通じて住民の方にも『(厳しい対策指示が出ても)もうしようがない』と思ってもらえるのではないか。そうなれば知事も判断しやすい環境になる、と。『サルでもわかる』という言い方が先生方の笑いを誘いましてね」
平井が口にした「ステージ」とは、感染状況を評価するために分科会が策定した基準だ。「新規感染者数」や「病床の逼迫度合い」など6つの指標それぞれがどれほど深刻化しているかによって、大別して「散発的感染」から「感染爆発」までの4つのステージに当てはまるかを判定する。一番上のステージ4は「緊急事態宣言を出すべき状況」で、ステージ3はその一歩手前だ。
ただ、6つの指標の数値だけではどれだけ緊迫したものなのか、一般の国民には伝わりづらい。そこでそれぞれの指標が、県ごとにどの水準にあるか、「ステージ3ならオレンジ」、「ステージ4なら赤」とぱっと見てわかるようにして見せる表現の工夫は、のちに新聞やテレビが採用する方式だが、そうしたイメージを平井は先取りしていた。しかも平井の提案は、それを分科会資料として出してはどうかというものである。
実現していれば、何が起きたか――。
「ステージ3」は、緊急事態宣言をできるだけ回避するため、早期に対策の引き金を引くステージだ。だが、平井が提案した時点で、東京都では「陽性率」を除く5指標がすでにステージ3の水準を超えていた。
6つのうち5つの枠がオレンジ――そんなポンチ絵を分科会が出せば、取材する記者たちがオーソライズされた判定と見てとって「東京都・ステージ3」という新聞の見出しやテレビのヘッドラインが大きく報じられた可能性は確かにある。少なくとも、都知事の小池が他地域に比べ緩やかな対策で済ませる理由をより厳密に問われることになったのは間違いない。
平井がそんな提案をしたのは、当時のステージ判定に難しさを感じていたからだった。
「感染が急激に広がる局面では、緊急事態宣言に相当するステージ4に行く前にブレーキをかけた方がいい。でもこれを客観指標でなく知事の判断とされるとなると、重荷になるんです。強い対策に切り替えるとなると、地元の観光やもろもろの業界のことを考え始める。圧力を感じもする。専門家も西村大臣も『知事が総合的に判断を』と仰るのですが、知事自身に判断の責任を負わせると、やるべき対策を取らなくなってしまうかもしれない、と私は思っていたのです」