シンプルでかわいらしいイラストで、人間の感情や生き方をていねいに描く益田ミリさんの作品はやみつきになる。キャラクターはときに厳しいセリフも口にするが、どの作品も読後は不思議とスッキリした気持ちになれる。そして、じんわり温かさが残る。
そんな益田ミリさんの7年ぶり描き下ろし漫画『スナック キズツキ』(マガジンハウス)が1月末に発売された。物語の舞台となるのは、都会の路地裏でひっそり営業している「スナック キズツキ」。アルコールが置いてない、この少し変わったスナックは、傷ついた者しかたどりつけないという。どんなスナックで、どんな人が訪れるのか。作者の益田ミリさんにメールインタビューで話を聞いた。
(取材、構成:相澤洋美)
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「がんばれ」という言葉は逆に相手を傷つけてしまうことも
──「スナック キズツキ」開店おめでとうございます。スナックなのに、アルコールを置いていないのはなぜですか。
益田ミリさん(以下、益田) 漫画『スナック キズツキ』は、都会の片隅にある架空のスナックを舞台にしています。アルコールは置いていません。実はわたしはお酒に弱いほうで、嫌なことがあってもパーッと飲むことができないんです。いつだってシラフで向き合わなきゃならない(笑)。傷ついて、ちょっと一息つきたい夜にこんなスナックがあったらなぁと思っていました。
──アルコール以外ならなんでもありそうですよね。どんなスナックなんですか。
益田 「スナック キズツキ」は、傷ついた人だけがたどりつくスナックです。お店のママは、客に「がんばれ」を言わない人にしようと思いました。店には毎夜、傷ついた客がきます。すでにがんばってクタクタになって「スナック キズツキ」にたどり着いたのですから、ママの前ではがんばらないで欲しい。解放されて欲しいと思いました。
心にダメージを負ったとき、「がんばれ」という言葉は逆に相手を傷つけてしまうこともある。たとえば、大規模災害の被災者や闘病で苦しんでいる人に「がんばれ」という言葉は適切ではない。励ましたつもりが、逆に「もう十分がんばっている」「これ以上どうがんばればいいのか」と、不信感や怒りにつながりかねない。
──「がんばれ」と決して言わない「スナック キズツキ」のママは、自分自身も傷を抱えているからこそ、相手の痛みがわかるのでしょうか。
益田 傷ついた者しかたどり着けないスナックなので、やはりこの店のママも傷ついてここにたどり着いたひとりと考えました。ママ自身が求めていたスナックなのだと思います。どんな客がやってきても淡々と接しほぼ笑わないママですが、客の話を一切、否定しません。言いたいことを言えず、いろんなことを抱え込んでやってきた人にできることは、それしかないと彼女は考えているのだと思います。