無自覚に他人を傷つけてしまった人も、傷つけられたりする
──このスナックには、次々と傷ついた人が訪れます。なぜこのような形式で描こうと思われたのですか。
益田 描き始めるまではまったく違うものを考えていたんです。最初に登場するコールセンターで働くナカタさんという女性がいるのですが、彼女を主人公にしようと思っていました。ナカタさんは仕事で理不尽な客にやいやい言われ、プライベートでは彼氏に気を使ってばかり。そんな彼女が「スナック キズツキ」で癒されながら立ち直っていく。そんな物語を考えていました。
でも、描き始めるとナカタさん以外にも傷ついた客が来て、みなが『スナック キズツキ』の主役のひとりになっていました。
ナカタさんは仕事でもストレスを抱え、自分のペースを崩さない彼氏にも内心かなりの不満を抱えている。しかし、この彼氏にも実は別の「傷つき」エピソードがある。無自覚に他人を傷つけてしまった人が、別の角度で人から傷つけられたりする。そんな人間の弱さにも、益田さんはそっと寄り添う。
益田 作中にタキイ(弟)くんという若者が出てきます(※編集部注:第1話の主人公「ナカタさん」の彼氏)。会社では要領よく立ち回り、忙しい合間を縫って付き合っている彼女のフォローもしています。彼はおそらく自分に鈍感な部分があるなど微塵も思っていないのです。けれども実際は、先輩にムカつかれていたり、彼女にうんざりされていたり。敏感も鈍感も表裏一体。わたし自身もそうだと思います。
損得だけで考えるという手もありなんじゃないかなと
──「敏感も鈍感も表裏一体」というのは、非常に奥深い言葉です。1話目は、いきなりクレーマーの登場から始まりますが、このクレーマーが実は2話目の主人公・アダチさんとして描かれています。誰かを傷つけた人は、裏から見たら実はほかの誰かから傷つけられている人なのかもしれないと、この話を読んで気がつきました。
総菜屋でパートをしているアダチさん。自分勝手なパート仲間にふりまわされ、セレブな客から総菜の詰め方で文句を言われ、電車では大股を広げたサラリーマンの隣で小さくなる……。そんな毎日を繰り返すうちに、「自分だけが損をしている」という思い込みが肥大化してしまう。
益田 積み重なっていく「損」のせいで、温和なアダチさんの感情が溢れ出してしまいました。
誰にだって日々の暮らしの中でムッとすることはあるものです。バシッと言ってやりたいと思うこともあるでしょう。そんな時、
「待てよ、ここで怒ったら今はスッキリするかもしれないが、次からこの店に来るのが気まずくなる。そうしたらわざわざ遠くの店に行かんとダメやし、それはものすごく時間の損になる、ここは我慢や」
などと、もう単純に損得だけで考えるという手もありなんじゃないかなと思っています。