“覚悟”の秋から一転、夢のようなオフを過ごした若きスラッガーは新たなシーズンへ向けて清々しい表情でバットを振り込んでいました。
「ずっと好きな選手だったんです」
入団6年目・黒瀬健太選手は今オフ、予てより憧れてきた日本ハムファイターズの中田翔選手に弟子入りし、幸せな自主トレ期間を過ごしてキャンプインしました。高校通算97本塁打の和製大砲候補は、2015年ドラフト5位指名でホークスに入団。バレンティン選手が持つシーズン最多本塁打記録60本を超える活躍を期待され、背番号61を授かりました。しかし、厚い選手層の中でアピールすることは出来ず、入団3年目の2018年オフに戦力外通告を受けました。翌シーズンから育成選手として再出発。今年で育成3年目を迎えます。
昨年10月の3軍戦――。
「見てくれている人は見てくれていると思うので……」
9月、10月の3軍戦16試合で打率4割、5本塁打と絶好のアピールをしていた黒瀬選手でしたが、その声に覇気はありませんでした。大きな身体に似つかわしくなく、囁くような声で腹をくくったように想いを話してくれました。2度目のクビも覚悟していた黒瀬選手。
「何とか野球を続けたいと思ってアピールしたら結果が残りました。後悔しないように……やるしかない」
まさに崖っぷち。とにかく「必死」にもがいていました。昨オフ、ホークスは支配下、育成合わせて13名の選手に戦力外通告を行いました。そこに黒瀬選手の名前はありませんでした。なんとか、夢を繋ぎ止めることが出来ました。
「来るんやったら本気で来いよ」
その後の様子も老婆心で気になっていましたが、コロナ禍の取材制限もあり、私が再び黒瀬選手に話を聞くことが出来たのは2月のキャンプに入ってからでした。昨秋の暗い表情は一転、宮崎の地には晴れやかな表情の黒瀬選手がいました。その姿は1月の自主トレの充実感を物語っていたのでしょう。
夢のようなオフの自主トレは、こうして実現しました。これまで面識はありませんでしたが、知人を通じて中田翔選手の連絡先を聞いた黒瀬選手。「めっちゃ緊張しました」と勇気を出して電話を掛け、弟子入りを志願したのです。昔から憧れてきた大好きな選手でした。中田選手からしたら面識のない他球団の若手育成選手からの突然のお願いでしたが、「来るんやったら本気で来いよ」と中田選手は優しく受け入れてくれたのだそうです。
日頃から中田選手のバッティングを映像等で見ていた黒瀬選手は、昨季ある変化が気になっていました。それは、中田選手が軽く振っているように見えるのに凄い打球を打っていたことでした。これまで中田選手にはもっと強く振っているイメージを持っていた分、とても気になったと言います。「自分もそんなバッティングがしたい」と思い切って自主トレを志願するに至ったのでした。
“中田塾”ではみっちりアドバイスを貰う貴重な日々を過ごしました。
「まずは、ボールへのバットの入れ方を突き詰めろと言われました。自分はボールを切っちゃう癖があったので、ボールにバットを平行に入れることを意識してきました」
自主トレ期間中、中田選手からもらったアドバイスを自分のものにするために、ティーバッティング、置きティー、ロングティーととにかく反復練習してきました。また、腰の回転の弱さも指摘されたそうです。
「腕で振っていると言われました。思い切り振って飛ばして気持ち良くなっているだけだと。腰の回転を速くしたら、上半身はついてくるからって言ってもらいました」
一つ一つ丁寧に親身になって教えてくれたという中田選手。
「昔、俺もそうやったから……」
そう言って、寄り添ってくれたのだそうです。