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「開幕投手・濱口遥大」になぜワクワクするのか…ハマちゃんは私たちを自由へと連れていく

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/03/26
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 ワクワクしている。

 2016年ドラフト1位の左腕、濱口遥大投手が今年の開幕投手と聞いてからずっとワクワクしている。優勝を見せてくれると信じていた、宇宙人と青い韋駄天は近くて遠い東京へ行ってしまった。コロナが、外国人選手を開幕から遠ざけた。「今年のベイスターズは大変になるね」どこに行ってもそんな話が聞こえてくる。評論家たちは手慣れた様子で順位予想ボードの下の方にベイスターズの札を貼り付けた。コートはパーカーになり、見上げれば桜が咲く。春はせわしなく、3月26日を手招きするけど、ベイスターズファンの気持ちだけ置いてけぼりのままだった。

 そんな空気をいっぺんに変えた。いいじゃんハマちゃん。自ら「やりたいやりたい」と言い続けて勝ち取った開幕投手。いいじゃん、だってハマちゃんは自由。ハマちゃんはいつだって私を自由へと連れていく。

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濱口遥大 ©文藝春秋

自由であればあるほど、安定は逃げていく

 2017年の日本シリーズ第4戦。0勝3敗、あとがなくなったベイスターズはルーキーの濱口投手に全てを託した。この年、ハマちゃんは10勝。ルーキーの2桁勝利は、川村丈夫以来20年ぶりだった。ベイスターズが苦手な交流戦でも八面六臂の活躍を見せ、日本シリーズ4戦目を任せることになんの不思議もなかった。でも。

 ルーキーだ。前年まで大学生だ。真っ青に染まったハマスタで、ここで負けたらおしまいというプレッシャーを一身に受け、私なら緊張で泡ふいて倒れてしまう。ギータが終わればデスパイネ、息つく間もなく内川、松田ってどんな罰ゲームだ。木塚コーチばりにマウンド掘ってそのまま埋まりたい。試合終了まで埋まっていたい。

 ルーキー濱口は楽しそうに見えた。くりくりした目をキョロキョロさせて、高城のミット目がけてちぎれるほど腕を振っていた。主人公なんだ、この人は、と思った。もちろん緊張はしていたと思うけど、それを上回る「つええやつと対戦する」ワクワクが伝わってくる。三振を奪って雄叫びをあげ、フライに打ち取ってフーッと息を吐き、唇をキュッとしめる。もう何遍も何遍もやってきたであろう野球。でもなぜかハマちゃんからは「初めて野球やりました!」という匂いがした。もうちょっとでノーヒットノーランということがかすんでしまうくらい、ハマちゃんのそんな自由な姿に魅了された。

 自由であればあるほど、安定は逃げていく。

「もう替えてあげてよ……」。見ていられなかった。2018年7月1日の広島戦。最高に気持ちのいいハマスタのデーゲームで、だけどマウンドに立つハマちゃんの表情はツンドラ気候くらい厳しかった。田中広輔選手に与えた死球から、申告敬遠も含めて満塁に。鰻と梅干、スイカと天ぷら、ハマちゃんと満塁。そこから、凄まじい速さで記録が塗り替えられていった。「1人の投手による1イニング6与四球」はセ・リーグ公式タイ記録、「1イニング5者連続与四球」はNPB史上11人目の一軍公式戦タイ記録、「1イニング4者連続押し出し四球」はNPB史上2人目……。

 抜けるような青空の下で、あの日スタジアムから音が消えた。ベンチは硬く凍りついたみたいに動かない。粛々とホームインするカープの選手たちをあの時ハマちゃんはどんな気持ちで見ていたのだろうか。自由にしなやかに野を駆け回っていた牝馬が、今コントロールの効かない暴れ馬となって、苦しんでいた。あの日から、ハマスタのデーゲームで見るハマちゃんは何かに怯えてるようにも見えた。一人、自分の中に眠る、暴れ馬の亡霊と戦っているようで。

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