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上沢直之たのんだぜ 今年1年、僕らを明るい方角へ引っ張ってくれ

文春野球コラム ペナントレース2021

 球春到来。文春野球のファイターズ担当、えのきどいちろうです。開幕カードは楽天戦ですね。文春イーグルス監督のハガユウスケさん、今年もよろしくお願いします。最高のシーズンになるといいですね。

 というのも1都3県は正月明けから春のお彼岸までずーっと緊急事態宣言下で野球が遠かったのだ。1日の新型コロナ感染者が4ケタなんてこともあり、僕は新人合同自主トレも春季キャンプもGAORA中継で見るにとどめた。自分が感染するのも、自分が感染源になるのも避けねばならない。

 無観客キャンプは昔、まだ名護市営球場が沖縄独特の赤土グラウンドだった頃のようだった。あの頃はGAORA中継なんてない。那覇空港でレンタカーを借りて地図を頼りにたどり着いたら、東シナ海に面した古びた球場で誰にも見られずオレのファイターズが練習をしていた。あの頃は田中幸雄も片岡篤史も「ほぼほぼ無観客キャンプ」だった。何しろ近所の事務員さんとかたまたま現場が近くだった作業員さんなんかが、制服姿でランチに来ていた。お昼どきだけ来て、12時40分くらいになるとみんな帰るのだ。あの内野席のヘンな屋根瓦みたいな素材のイスはケツが痛くなって1時間もたなかった。但し、オレはザブトンを持参してる上、ファイターズを見ることには異様な集中力があるから平気なのだ。

ハマスタのマウンドに上沢が立つのはあれ以来のことだ

 いや、そんな話ではなかった。今年は野球が遠かった。東京都民の自分は札幌ドームもマツダスタジアムもバンテリンドームも、遠出は自粛した。唯一、見に行けたオープン戦は3月10日のDeNA戦(ハマスタ)だ。今年、ファイターズはこのDeNA戦2試合しか首都圏でのオープン戦を組まなかった。すんごい貴重だ。前日、河野竜生がベイスターズ打線にボコられたけれど、ぜんぜん気にしない。足に羽が生えたようだよ。京急線ですっ飛んで行った。野球だ野球だ。ポカポカ陽気のデーゲームだ。

 ベイスターズの先発はドラ1、入江大生。
 うちはエース、上沢直之。
 頭の上には抜けるような青空。

 感染防止のため(もちろん)黙ってましたけど、もう、うわああああああって叫びたい。最高だ。この球場で上沢の投球が見られる。2019年6月の交流戦、ここでソトの打球を受けて左膝蓋骨骨折、そのまま救急車で病院に運ばれたのだ。ハマスタのマウンドに上沢が立つのはあれ以来のことだ。

オープン戦DeNA戦に先発した上沢

 既に今季の開幕投手を務めることは決まっているから、ハマスタ登板は二つの意味を持つ。ひとつは「仮想・楽天生命パーク」の屋外球場で投げておくこと、もうひとつは「完全復活イヤー」を印象づけること。もう去年のようなリハビリ明けのシーズンじゃない。チームの顔として、パシフィックリーグをけん引する。

 電光掲示板に並んだ両軍スタメンの文字列がすべて漢字だった。ファイターズもベイスターズも外国人選手の来日が遅れている。ファイターズは唯一、王柏融だけが入国できていた。本当ならソトとの対決を見たかったところだ。カタカナ名がいないのは寂しいなぁ。この際、野村佑希を「ジェームス」で掲示して、パッと見、外国人スラッガーがいる感じにするのはどうか。

 試合はその野村佑希の大活躍が光った。2回、走者を二塁に置いて先制タイムリー。4回にはバックスクリーンに叩き込む豪快なホームラン。6回は2死一、三塁からまたもタイムリー。バットの抜けがすごくいい。打球が速い。今年はジェームスをフルシーズン見られるなぁ。1年試合に出続けたらどこまで成長するだろう。

 だからファイターズは小刻みに得点を重ね、ゲームを支配したのだ。オープン戦のスコアは大して意味ないが、8対3の勝利だった。ちなみにもう書いておくけど失点3は上沢ではない。リリーフした堀瑞輝と福田俊が打たれた。上沢は100球投げて6回無失点(6被安打、2四球)、多少バラツキはあったけど、しっかりまとめた。まぁ、全開の投球ってわけじゃないからあくまで参考程度だが、いい感覚で終われたと思う。

上沢直之がハマスタに戻ってきた。 ©えのきどいちろう