実況アナの奥深い技術
そんな奥深い作業を事もなげにこなしている(ように見える)文化放送の実況アナウンサーに、「大切にしていること」を訊いてみた。
寺島啓太アナウンサー(35)は「自分の頭の中に何台のTVカメラを設置できるか、それをいかにうまくスイッチングできるか」と答える。ボールの行方、グラウンドの様子はもちろん、グラウンドの外のこと、ベンチの様子、球場の外の様子など、たくさんのものの中から探り、伝える作業をしているそうだ。「ディレクターでもあり、スイッチャーでもある意識」……バランスの良い寺島アナの実況は、こういう意識から来ているのだなと納得する。
長谷川太アナウンサー(55)は「声を張ると、リスナーは何があったのかと耳がラジオに向く」と言う。リスナーの耳をいかにして引き付けるか、声を張るタイミングを大事にしているとのこと。さらに、「リスナーの耳が向いたタイミングで試合の状況を伝える」。『ながら聴き』をしていても何となく試合の展開が入ってくる実況には、声色でメリハリをつける技がある。
対して、「聴いていて楽しくなるような中継」と答えたのは高橋将市アナウンサー(44)。それがどういう技術によるものなのかは分からないが、同じホームランでも高橋アナの大きな声での実況を聴くと、なぜかこちらまで元気になる。皆さんにもぜひ聴いてみてほしい。
少し違う角度から答えてくれたのは土井悠平アナウンサー(32)。「明るい雰囲気作り。自分自身が目の前の野球を楽しむことを一番大切にしたいと考えて実況」しているそう。たしかに、土井アナが実況する日の中継ブースは穏やかだ。的外れな実況には厳しい解説の東尾修さんも、土井アナと組む日は「ウへへ」とよく笑う。ブースの雰囲気の良し悪しは、きっとリスナーにも届いているだろう。
文化放送2年目、昨年ライオンズナイター実況デビューを果たした山田弥希寿アナウンサー(27)は「ここを聴け!と言えるような存在ではない……」と謙虚に話しながら、野球経験には自信を持っているようだ。というのも山田アナは広島県の瀬戸内高校で山岡泰輔投手(オリックス)と一緒に野球をしていた経験を持ち、プレー以外の状況判断や指示でベンチ入りをつかみ取った過去がある。実況でもその経験を活かしてくれるに違いない。
ラジオの野球中継は試合を描く人=実況者の感性がそのまま出る。幸か不幸か、リスナーはその絵を見ることになるのだが、今はradikoのタイムフリー機能があるので、同じ試合の他局の放送も聴き比べることができる。実況者が何を選び、どの言葉で伝えるか(あるいは伝えないか)。皆さんも、ぜひ聴き比べて好きな実況アナを見つけてほしい(それが文化放送だと嬉しい)。
ライオンズナイター40年目の価値
中継ブースにはほかにも欠かせないスタッフがいる。「スコアラー」だ。
スコアラーとは実況者の横でスコアをつけ、実況者が求めるデータを試合展開に応じて出していくスタッフのことだ。この作業がまたすごい。試合中は当然スコアを書きながら、球数(その打者への投球数)を1球ごとに指で提示し、さらに試合の流れを1枚の紙(いわゆるランニング)に書いていく。これだけでも煩雑なのに、試合の中で起こりそうなこと、達成されそうな記録を事前に調べておいて、その時が来たら実況者に提示する。
さらに、例えば解説者が「今日は一本が出ませんね」と言えば、「この試合、得点圏ではチームで8打数ノーヒット」といった、解説の裏付けになるようなデータを提示する。逆に「打者15人のうち12人に対して3球目までに2ストライクを取って追い込んでいる」というデータを示し、投手がいかに優位に立っているかという話の流れを作ることもある。スコアラーは、データで実況と中継を支えてくれている縁の下の力持ち的存在なのだ。
さらにはスタジオのアナウンサー、ミキサー、他球場の途中経過を現場に伝える仕事を担う人、普段から12球団全選手の資料をつけてくれているスタッフなど、多くの人がひとつの中継に関わっている。
このようにたくさんの人の手で作られてきた文化放送ライオンズナイターは、今年40年目を迎えた。今シーズン毎試合5回裏終了時に放送している『ライオンズナイター40年の軌跡』では、かつて熱を持ってライオンズナイターを作ってきた人たちが語り部となり、当時の選手のことや中継の裏側を語ってくれていて、これだけでも聴きごたえがあるだろう。
ラジオの野球中継が、今シーズンも皆さんの生活の一部に、そして愛するチームを応援するツールになれば、こんなに幸せなことはない。
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