世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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「おっかあが、少しになっている」
――それは、遺体と呼ぶには余りにも無残な肉体の切れ端にすぎなかった。頭蓋骨と一握りほどの頭髪、それに黒足袋と脚絆をつけた片足の膝下の部分のみであった。――
大正四(一九一五)年十二月、北海道天塩山麓の六線沢で惨劇は起きた。冬籠りをし損なった「穴持たず」の羆(ひぐま)が民家に押し入り、人間を喰ったのだ。犠牲者の中には妊婦もいた。開拓村を単なる餌場と見なしたかの如くクマは人喰いを続ける。止められる者はおらず、その無力さに村民たちは打ちひしがれた。