「今まさに日本中を聖火ランナーが走っていますが、その心中の複雑さを思うと正直気の毒です。世論調査では7割近くの国民がオリンピックの中止・延期を求め、沿道にはコロナ対策のため“密”を避け、どこか遠慮がちに応援する地元の人々と、オリンピック中止を求めて横断幕を掲げる人びとが集まっている。そんな中をランナーは走っているわけですが、これでどうして平和の祭典の灯(ともしび)をつなぐという晴れがましい気持ちになることができるでしょうか。むしろ後ろめたさすら感じているのではないか。聖火ランナーを辞退する有名人が多く出ましたが、それももっともなことだと思います」(小説家・真山仁氏)

真山仁氏 ©文藝春秋

 開会式まで4カ月を切った東京オリンピック。3月25日には聖火リレーが福島からスタートしたが、新型コロナウイルスがいまだ猛威を振るう中での五輪開催には疑問の声が挙がり続けている。4月5日には大阪府が公道での聖火リレーの中止を正式に組織委員会に申し入れた。コカ・コーラやトヨタ、NTT、日本生命などの「スポンサー車両」が、聖火リレー中に大音量の音楽をかけながら走っていたことにも批判が殺到した。そんな現状に対して、「国は、こんなことをしていて恥ずかしくないのか」と憤るのは小説家の真山仁氏だ。混迷を極める東京五輪について、真山氏が、「文春オンライン」に提言を寄せた。

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聖火リレーだけが「虚構」の世界で動いている

 聖火リレーの様子を見ていると、そこだけが「虚構」の世界で動いている気がします。これまで国は「なぜ聖火リレーをするのか」という本質的な議論を全くしてきませんでした。そして、今回ついに、なし崩し的に聖火リレーは始まってしまいました。

 これは、「いったん始めてしまえば、もう後戻りができなくなるだろう」という政府の戦略ではないかと思っています。オリンピック本番までのカウントダウンが進んでいけば、五輪ムードは自然と盛り上がっていく。スポンサーの意向もあるし、ある程度「見切り発車」で聖火リレーをやっても大丈夫――そう考えたのではないでしょうか。しかし、その見通しは甘すぎた。タカをくくった結果、思惑とは全く反対のことが起きています。4月7日、大阪府は13、14日に府内全域の公道で予定していた東京五輪聖火リレーを中止すると表明しました。今後も感染拡大に伴い聖火リレーを中止する地域や辞退する人たちが増えていくでしょう。

聖火リレーを走るなでしこジャパンメンバー。トーチを持つのは岩清水梓。後ろを走るのは丸山桂里奈 ©AFLO

 私はコロナ禍が始まった1年ほど前から、東京五輪は中止すべきだと主張してきました。今でもその気持ちに変わりはありません。