生きるということは聖なる奇跡
ホプキンスは40代の頃、父の死を看取った。
「あの日のことは今でも覚えている。私は外に出て、ウェールズの故郷の町ポート・タルボットの公園を歩いた。いつの間にか春になっていて、桜の花が満開だった。私は『ようやく終わりました』と神に感謝した。父の人生の幕は閉じたが新しい命のステージが始まっている。それは私の目を開いてくれた。いつの日か私も死ぬだろう。そして桜は咲く。それが人生だ。命はそんな風に移り変わっていくんだ」
人生は謎だ、だから素晴らしいとホプキンスは言う。
「この年まで生きて、だいぶ賢くなった。自分が何も知らないことがわかるくらいにはね。人生はまったくミステリーさ。
去年、妻のステラが偶然、私の子どもの頃の学校の先生に会ったんだよ。彼はもう90歳を過ぎている。で、妻は私がどんな子だったのか尋ねた。先生はこう言った。『アンソニーはあまり出来のいい生徒ではなかった。でも、それが突然、俳優の道を目指し、頂点に上り詰めたんだ。いったいどうして?』
私自身、どうしてかわからない。誰かに使命を与えられた感じだ。私の意志じゃなくね。たしかショーペンハウアーがこう言ってた。『人生を振り返ると、まるで他の誰かが書いた物語のようだ』まったくそう思うよ。
それが神なのかどうかわからない。でも、生きるということは聖なる奇跡なんだ。今朝、目覚めて、今、こうしているだけで驚くべき体験なんだ。
今の私は満ち足りて、人生の安らぎの時にある。それもいつか終わるものだと知っている。あともう少し生きたいと願ってはいるが。
この、ロックダウンという異常な状況でも、それを最大限に楽しもうとしている。ピアノを弾いたり、油絵を描いたりしてね」
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イラスト=澤井健
INFORMATION
映画『ファーザー』
5月14日(金)、TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー
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