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「若いうちはそうしたがるものさ。でも、あまり役の感情を深掘りしすぎると…」アンソニー・ホプキンス83歳が語った演技術

言霊USA「When we look back on our lives, it's as if somebody else had written the novel of our lives.(人生を振り返ると、他の誰かが書いた物語のようだ)」

2021/04/24
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「若いうちはそうしたがるものさ。でも、あまり役の感情を深掘りしすぎると…」

 今回、認知症の役作りのために何をしましたか?

「別に。ただセリフを覚えただけさ」

 ホプキンスが俳優修業をしていた1960年代、「メソッド演技」がブームだった。役柄を徹底的に研究し、内面化して、完全にその人格になりきる演技法で、ロバート・デ・ニーロたちは肉体や精神をすり減らして役と一体化した。だが、ホプキンスは一貫してメソッド演技に批判的だ。

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「役について分析したり、シーンの意味について監督に質問したり……若いうちはそうしたがるものさ。でも、あまり役の感情を深掘りしすぎるとくどい演技になる。たとえば今回、『私の母が……』というセリフを言った時、子供の頃のすべての思い出がいっきに蘇ってきて……。オーバーアクトになってしまったから、やり直したよ。

 ラスト近くのシーンでも演技ができなくなったな。セットに小道具の老眼鏡があるのを見て、父の死の床の傍らにも老眼鏡があったのを思い出したんだ。地図もあった。ついに行けなかったアメリカの地図だった。

 出来上がった『ファーザー』を観たら、私が、私の父に見えた。父はたくましいパン職人だったが、死が近づくにつれて、どんどん憂鬱で怒りっぽくなり、ちょっとしたことで『どういう意味だ?』と突っかかって、私や母を苦しめた。でも、今なら父が不機嫌だった理由がわかる。父は怖かったんだよ、自分が壊れていくことが」

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 娘を演じるオリヴィア・コールマンの母は高齢者の介護士だった。母親から彼女が教わった介護の秘訣は、認知症の老人の記憶違いを決して正さないことだという。

「老人を傷つけ、自信や尊厳を奪うことになるからね。特に長年の伴侶を失って、それを忘れた人が『妻はどこだ?』と尋ねた時、『もう亡くなりましたよ』などと言ってはいけない。その御老人は伴侶を失う辛さをもう一度味わうことになるから。介護士は、代わりにこう言う。『もうすぐ帰ってきますよ』と。切ない言葉だが、同時に本当に思いやりに満ちた言葉じゃないか」