日本に国宝は多々あれど(現時点で1100余点が指定されている)、最も人気があるのはコレ! と断言して差し支えなかろう。サルやらウサギ、はてはカエルまでが擬人化されて、コミカルに描かれている巻物《鳥獣戯画》である。

 甲・乙・丙・丁の4巻で構成されるこの「世紀の絵巻物」が、全巻揃いで公開されるという貴重な機会が巡ってきた。

 東京国立博物館で開催中の特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」だ。

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わずかな墨の線であらゆる生きものを「あらしめる」

 4巻がまとめて展示されることは過去にあったものの、会期中に巻き替えがおこなわれていたため、作品のすべてを一堂に観ることは叶わなかった。これは日本美術の展示ではよくあること。キャンバスや板などの上に絵具をのせる西洋の油彩画などに比べ、紙や絹といったより繊細な素材を支持体とする日本の絵画は、傷みを避けるため長期間の展示が難しいのだ。

《鳥獣戯画 甲巻》より 京都・高山寺所蔵
《鳥獣戯画 甲巻》より 京都・高山寺所蔵

 ところが今回は、展示技術の進展もあって、全巻全場面を会期中ずっと一挙公開できることに。類似の作品すらない唯一無二な国宝の全貌を、丸ごとじっくり味わえるのである。

 会場にはひとつ、大きな工夫が施された。カエルとウサギが相撲をとっていたりと奇想天外な絵柄が続き、全巻中の白眉といえる甲巻の展示ケース前に、いわゆる「動く歩道」が設置されたのだ。

展示室内に設置された「動く歩道」の様子

 観客はゆっくりと進む「歩道」に運ばれながら、巻物の各場面を目で追っていくという按配。多くの人が混乱なく、小さい巻物を観られるようにとの配慮だ。ちょっとしたアトラクションみたいで、存外に楽しい。

 動く歩道の上から間近に甲巻を眺めていけば、画面の多彩さに改めて驚く。キツネやトリなどを含め、登場する動物は11種類に及ぶ。それら動物たちは水遊びをしたり法会を開いていたりと、人間の営みを当たり前のように真似ている。その様子があまりに自然なので、こうした遊びや風習はもともと動物たちがおこなっていたものを、人間が真似るようになったのだったかしらと思えてくる。

《鳥獣戯画 甲巻》より 京都・高山寺所蔵

 そうまで感じさせるのは、どの場面もあまりにリアルに描き出されているから。生きものの生気を、ほんのわずかな筆致で表してしまうこの達筆ぶりは凄まじい。

 しかも、気づけばこの巻物には、彩色が施されていない。墨の線だけで描かれた単色の世界。描線のみによって、これほど豊かな世界を生み出してしまうなんて尋常じゃない。

 描くことの、また描かれたものを観ることの愉しさ、ここに極まれりといった感がある。