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台湾の人間国宝を10年取材「88歳の陳さんの、生きた証を残そうと思いました」

楊力州(映画監督)――クローズアップ

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 映画『台湾、街かどの人形劇』は、台湾の大衆娯楽、布袋戯(ほていぎ)の人形師・陳錫煌(チェンシーホアン)さんを追ったドキュメンタリー。

 楊力州監督は、台湾の人間国宝である陳さんを10年取材するなかで、3つのことを伝えたいと考えた。

©Backstage Studio Co., Ltd.

「子供のころ布袋戯が大好きだった私は、12年前に陳さんの公演を見に行きました。観客はわずか5人。でも、陳さんが操る人形は、生きているかと思うほど繊細な動きで、私はこの伝統技を映像として記録したいと強く思いました」

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 布製の袋のような体に掌を収めて操る布袋戯。陳さんの指づかいから、人形は優雅に煙管を咥え煙を吐き、静かに書をしたためる。また、孫悟空は如意棒を自在に振り回し、鮮やかに宙返りも披露する。「まず神に敬意を表し、人に見せるのはそれから」。陳さんの極意だ。いま、その布袋戯の流れが絶えようとしている。

「テレビや映画などの新たな娯楽の進出もありますが、台湾語が制限された時代を経たことも大きいと思っています。私は小学生時代、台湾語を使い罰を受けました。北京語を公用語にする、国民党のその政策により、いまや若い世代は台湾語を知りません。台湾語で演じられてきた布袋戯は、言葉とともに消えることになるのです。その現実にこの取材で気付かされました」

 陳さんの師は、同じく人間国宝で父の李天禄(リティエンルー)。台湾では「李天禄布袋戯文物館」が作られ、役者として映画にも多数出演している。偉大な父への畏怖と葛藤。絶やすことを許されない伝統の重さ。陳さんは、「布袋戯を教えるためならどこへでも行く」と、必死の形相で訴えかける。

「12歳から父の下でたたき込まれた布袋戯は、陳さんにとって人生そのものです。逆に、父との記憶は布袋戯だけ。彼には多くの弟子がいますが、ある意味、人形だけが友人であり家族だった。一体、父から何を得て、何を失ったのか。88歳の陳さんの、生きた証を残そうと思いました」

ヤン・リージョウ/1969年台湾出身。ドキュメンタリー映画作家として『あの頃、この時』『奇跡な夏』他多数。本作が日本初劇場公開。

INFORMATION

映画『台湾、街かどの人形劇』
11月30日より 渋谷・ユーロスペース他、全国順次公開
http://machikado2019.com/

台湾の人間国宝を10年取材「88歳の陳さんの、生きた証を残そうと思いました」

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