「4年前、同僚と職場近くでランチを食べながら雑談しているときに、そういえばあの事件からもうすぐ100年になるはずだよね、という話になったんです。それで調べはじめたのが、今回の展覧会のきっかけになりました」
と、京都国立博物館で日本中世絵画を担当している研究員、井並林太郎さんは語る。あの事件とは、「三十六歌仙絵巻切断事件」のこと。大正8(1919)年12月、秋田・佐竹家に伝わり流出した鎌倉時代の王朝美術の傑作絵巻を、あまりに高額なために1人では持てないと、主に財界の富裕な趣味人(数奇者)たちが歌仙ごとに37点(1点は和歌の神様、住吉大明神)に切り離し分割所有した一件だ。この事件がきっかけのひとつとなり、日本の美術品保護の法整備が進んだという。今回の展覧会『流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美』で展示される31件(9月現在)は、これまでで最多の集結となる。
「現在では20件近くが美術館など公的な機関に収められていますが、100年の間に、経済事情などから所有者が転々と変わった作品もあります。公にされていない個人の所有者を探すために、古美術商や関係者の『昔、お茶会に掛けられているのを見たことがある』、『昔、ある地方で取引があったと聞いたことがある』といった断片的な情報をつなぎ合わせて、この辺りの人かなと訪ねていったりもしました。二度三度お願いをして、ようやく出品をお許しくださる方もいらっしゃいました。大伴家持など、わずかな例を除けばほぼ100年ぶりに一般公開される絵もありますよ」
展覧会では、「佐竹本三十六歌仙絵」を中心に、絵巻が描かれた時代の文化や絵巻を切り分け所有していた大正時代の財界人たちの茶人文化などを併せて紹介する。
分割してまで所有したかった「佐竹本三十六歌仙絵」の魅力とは?
「歌仙絵巻は、鎌倉時代にたくさんつくられたのですが、この佐竹本三十六歌仙絵は別格です。まず通常の絵巻よりサイズが一回り大きく、最高級の料紙と絵の具が用いられています。またそれぞれの歌人の絵は、パッと見には同じポーズのように見えますが、添えられた歌の情感や情景に合わせて表情や仕草が描きこまれています。当時は職人が絵を描き、歌は能筆の貴族が書くのが普通で、歌と絵とがうまく連携していない絵巻も多くあります。絵と歌が一体化しているということは、この絵巻の制作者たちが協力し合い入念に準備されてつくられたことを物語っています。
100年という節目だからこそ、出品をお許しくださった所有者の方も多く、たいへん貴重な機会です。ぜひ本展へ足を運んでください」
いなみりんたろう/1988年、奈良県生まれ。京都国立博物館学芸部企画室研究員。担当は平安から室町時代の絵巻・肖像画など。主な仕事に「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」展など。
INFORMATION
『流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美』
京都国立博物館
前期10/12(土)~11/4(月)、後期11/6(水)~11/24(日)一部展示の入れ替えあり。
https://www.kyohaku.go.jp/jp/